第十一話 〜青草の上〜

「にゃー! いたにゃあー!」


 それから、しばらくしてのこと。

 トウモロコシ畑の一角から突如、ミーヤの叫び声が聞こえてきた。


「げ……」


――どうしてこんな所にミーヤが。


 ロンはひどく嫌な予感がした。

 声のした方を振り向きたくなかった。


「ミーヤは大ピンチにゃー! 何とかするにゃあー!」


 だが、その声はどんどん大きくなっていく。

 ガサガサと茂みを踏み鳴らし、複数の人物とともに近づいてくる。


「やめてくれよまったく……」


 しぶしぶロンは振り返った。

 カプラは既にそちらを向いて、その表情を凍りつかせている。


「いよおー! やっと見つけたぜ!」


 そこには、昨夜カプラを襲った二人のハイエナがいた。

 一人がミーヤの首根っこを掴んでぶら下げている。

 ロンは迷惑げな表情をそのままに、腰を落として身構えた。


「あれがロンにゃ! わかったらさっさと下ろすにゃ!」


 ミーヤは空中でバタバタと手足を振り回している。

 まるで捕らえられたネコ。

 計らずも彼女を巻き込んでしまったことを、ロンは心の中で密かに詫びた。


「ヤマネコ様が黙ってないにゃあー!」

「まったく、うるせえネコだぜ!」


 ハイエナ男は、一度ジロリとミーヤを睨みつけると、そのままポイと放り投げた。

 ミーヤはすかさず、ロンの元へとに駆け寄る。


「一体何したにゃ! あいつらいきなりミーヤを捕まえて、オオカミ野郎のところに連れてけって脅してきたにゃあ! って……この女だれにゃ?」


 怪訝な瞳でカプラを見上げるミーヤ。

 しかし、かまっている暇はない。


「オオカミ野郎をしらみつぶしにあたってたんだ」

「まったく、骨が折れたぜ」


 ゆっくりと歩み寄ってくる男達。

 盛り上がった筋肉と脂肪を革のジャケットに包み、腰の鎖をじゃらつかせる。

 ボキボキと指をならし、すでに殺る気満々だ。


「その女も無事だったとはな、正体知ってたんじゃねーのかよ?」

「まさか知ってて手を出さなかったのか? だとしたら、とんだチェリー野郎だぜ!」


――ガーッハッハッハ!


 盛大な哄笑がロンに浴びせられる。

 だが、所詮は下らない挑発。

 相手にするだけ無駄だ。


「……悪りぃが、あんたらが何言ってるのかさっぱりわからねえな」


 恐らくは先日と同様、男達はロンを始末しようとしてくるだろう。

 カプラの身柄を完全に確保したい彼らにとっては、不安要素でしかない。


「ただな……下腹と欲の皮が張ってる連中は、長生き出来ねえって言うぜ?」

「まともな肉もついてねえ青瓢箪が、気取ったこと言ってんじゃねえ!」

「どう考えてもテメエの方が早死にだあ!」


 ハイエナとオオカミが二対一。

 まずもって勝ち目はない。

 適度に相手を挑発しつつ、ロンは状況を分析する。


 ハイエナ達はカプラを生け捕りにしたい。

 ミーヤを傷つけなかったあたり、猫館の怖さくらいは知っている。

 そしてここは牛館のオスカーが支配する農園地帯――。


「ふん……」


 どうやらまだ、絶望するには早いらしい。


「ミーヤ、頼みがある」


 ひとまずロンは、そう言って少女を頼った。


「にゃにゃ!? ロンが頼みごとをしてくるとか、雪でも降るにゃ!?」

「茶化すな……。その女と一緒に、獣化して畑の中に逃げこんで欲しいんだ。たぶん片方が追って来るから、出来るだけ遠くまで引っ張って行ってくれ。そのうち姉さん達が気づく」

「なだか良くわからにゃいけど、それで何とかなるにゃ?」

「ああ、帰ったら好きなラーメンおごってやるよ」

「ほ、ホントに槍でも降ってくるにゃあ!?」


 ミーヤは驚きのあまり、顎が外れかけていた。

 そしてすぐに、その原因が傍らに立つ女にあることを知る。


「あ、あんた何者にゃ!」


 針の様に尖った眼でカプラを凝視する。


「私はカプラっていうの、初めましてネコさん」

「ロンとどういう関係にゃあー!?」

「一言で言えば、命の恩人ね。あなたはロンのお友達?」

「友達どころじゃないにゃあー! 魂で結ばれた深い関係なんにゃあ!」

「まあそうなの? なんだか素敵そうね」

「にゅふふー、ロンとミーヤの絆は、獅子のカミナリでも引き裂けないにゃ! だからロンに惚れるのだけはやめておくにゃ……」

「う、うん……気をつけるわ」


 まずい敵に睨まれているにもかかわらず、カプラとミーヤはしばらくそこでお喋りを続けた。

 ロンもハイエナ達も、その様子を見て呆れている。


「お、おいい!? てめえら舐めてんのかあ!」

「図太てえ! あいつら図太えええ!」

「…………」


 ロンは顔をしかめながらシッシと手を振る。

 ようやく会話を終えた二人は、すぐにネコとカカポに変身した。

 そしてバタバタと、トウモロコシの密林に逃げ込んでいった。


「おい……」

「ああ……」


 男達は目配せし合うと、そのうち一人がハイエナ形態に変化する。

 そしてトウモロコシを押しのけながら、二人の後を追っていった。


「……やっと行ったか」


 にわかに訪れた静寂に、ロンはひとまずの安堵を覚える。

 二兎を追う者はなんとやら。

 このハイエナ達は、やはり頭が悪いようだ。

 もしくは生涯最高のご馳走を前にして、平常心を失っているか。


「おい兄ちゃん、一対一なら勝てるなんて思ってねえだろうな?」

「…………」


 男は中腰になって突進の構え。

 ロンは静かにウェスタンハットを脱ぎ捨てる。

 相手を見据えつつ獣化を開始。


「ウオオオオオ……」


 しかしその変化は途中で止まる。

 人と狼の中間形態――つまりは、狼男のような姿となった。


 これは一般に、獣人形態と呼ばれているものだ。

 人体の器用さと獣体のパワー、その両方を兼ね備えた、スタンディングファイトに最も向いた形態である。

 相手のハイエナ男もまた、その獣人形態をとっていた。


「……思っちゃいねえさ」


 手足に深い毛が生え、獣面と顔面とが一体化する。

 全身にみなぎる神秘の力。

 鋭い牙が、研ぎ澄まされた刃のようにギラリと光る。


「だが負けもしねえよ!」


 農園に響く咆哮。

 それが戦闘開始の合図だった。

 ハイエナは前に、オオカミは横に、それぞれ強く地を蹴って跳躍する。


――ウオオオオオ!!

――グアアアアア!!


 青草たなびく大地の上。

 二体の獣人が、つむじ風のように交差する――。

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