02作品目

08話.[声が大きいわよ]

　妹に指摘されても変えようとしない真人さん。

　そういうのもあって、結局放課後になってからも話し合いというのが続いていた。茉奈がここまで付き合ってくれているのはあれだろう、私がアレすぎて可哀相だと感じてくれたのかもしれない。

「お前は関係ないだろ」

「あなたも関係ないじゃない、綾野を苛めるのはやめなさい」

「苛めだぁ？　そんなわけないだろ」

「そういうことを平気でするからあなたは異性から嫌われるのよ」

　うん、茉奈の言う通りでこの人嫌い。

　これならまだ梓の方がいい、分からなさではどっこいどっこいだけど。

「おい、いい加減にしろよ」

「それはあなたよ」

「てめえ！」

「なに？　あなたが綾野にしていることはつまりこういうことよ、なのに自分がやられたら怒るってださすぎじゃない」

　やばいやばい、茉奈に惚れちゃうよ。

　格好いい、いちいち狼狽えたりせずに真っ直ぐぶつかれるところが。

　弱いところを肯定するのではなく、違うと言えるところが。

　そりゃ本田や森川も好きになるわ、やばいしか言えなくなるもん。

「ちっ、俺は毎日来るからなっ」

「仮に来るのだとしても綾野にちょっかいを出すのはやめなさい、小学生の男の子でももうちょっとマシなアプローチの仕方をするわよ」

「くそっ」

　真人さんが出ていってから思わず茉奈に抱きついた。

「ありがとうっ」

「ふふ、あなたも私のことが好きになっちゃった？」

「だって格好いいし」

「でも、私は香子一筋なの、あなたの気持ちには応えられないわ」

　スムーズで凄えなあ……。

　抱きつくのをやめて席に座り直す。

「兄さんがごめんなさい」

「茉奈が謝ることじゃないでしょ」

　元々こっちがガツンと言えないから――いや……何回も言っていたのに効力がないから問題となっているわけだし、それに茉奈は今日実際にこうして助けてくれたんだ、感謝こそすれってやつだろう。

「んー、１回好きって言ってみたら多分落ち着くわ」

「えっ、なんか適当に言ってない！？」

「いえ、兄さんとはそういう生き物よ」

　ちょっと怖いから電話をかけて言ってみた。

「ほ、本当か綾野！」

「えっ！？」

　なんでそんな嬉しそうな顔しちゃうんだ。

　あと、なんでまたここに戻ってきちゃうんだ。

　茉奈の方を見たら珍しくにこっと笑ってから教室を出ていった。

「茉奈にしてみたらどうかって言われたから試してみただけだよ」

「はあ！？　なんでだよ！　言うならもっと気持ち込めろよ！」

「だって私、真人さんのこと嫌いだし」

「ぐはぁ！？」

　そこまで驚くことじゃないでしょ……私は何度も言ってきたよ。

　んー、ということはつまり、

「真人さんは私のことが好きってこと？」

　これしかない、それ以外では辻褄が合わないから。

　なんだよ、それなら早く言ってくれればいいのに。

「ば、ばっかじゃねえの！？　お前のことを好きな人間とかどこにもいないだろばーか！」

「本当に？」

「当たり前だろっ、お前なんか大嫌いだ！」

　おぉ、気持ちに余裕が出てきている。

　最近の私は馬鹿だったな、もっと早くから茉奈を頼れば良かった。

「じゃあ梓のところに行ってくるね」

「俺も行くに決まってるだろ」

「うん、じゃあ３人で帰ろっか」

　茉奈の言う通りだ、いちいち感情的になってはいけない。

　なんだ、ただそこを気をつけるだけでここまで違うなんて……。

「あ……綾野」

「一緒に帰ろ、幸ちゃんに会いたいんだ」

「分かった――って、その後ろのも？」

「うん、ひとりじゃ寂しいんだって」

　梓の手を握って歩いていく。

　ちらりと確認してみたら、梓は微妙そうな笑みを浮かべていたけど文句も言わないから気にしないでおいた。

　ちなみに後ろを歩いていた真人さんが「そんなやつに手を握られると腐るぞ！」なんて可愛げのないことを言ってくれていた。

「あやのー！」

「幸ちゃんっ」

　これだよこれ、上ふたりが可愛くないから癒やされなければならない。

「ひさしぶりっ」

「うんっ、ずっと会いたかったよ！」

　もうね、抱きしめたり撫でたりこちょこちょしたり最高の時間だった。

　ここでも私に○○されたら云々とか可愛げのないことを言ってくれていた真人さんは途中で帰っちゃったけど。

「あれ、幸ちゃん眠たいの？」

「ぅん……はしゃぎすぎた」

「そっか、じゃあ膝を貸してあげるから寝なよ」

「うん……」

　おぅ、髪がくすぐったい。

　でも、凄く丁寧に扱っていることだけはすぐに分かった。

「あ、もう寝ちゃったみたいだね」

「梓、なんかかけるものとかってない？」

「あるよ」

　小さい布団をかけて梓も側に座る。

　めちゃくちゃ柔らかい表情で見られている幸ちゃんに本気で嫉妬した。

　それを少しでもこちらに向けてくれればいいのにって思わずにはいられない、一緒にいることを望んでおきながらなんでだよって。

「あの後、どうしたの？」

「元日？　隣の県まで行って夜に帰ったら怒られたよ」

「え？　なんでそんなこと……」

「いや、あんたらのせいだから」

　スマホもなければお金もなし、悪いのは自分だが文句も言いたくなる。

　こっちの話なんてなにも聞いてくれないんだ、あの日だって帰れって言ったのに当たり前のような顔して居残っていた。

　それだけならいいんだよ、だけどいちいち指摘してくるから嫌なんだ。

「……綾野、冗談でも真人に好きとか言わないでよ」

「なんで？」

「嫌なんだ。あと、僕は君と一緒にいたい」

　そもそも好きじゃないんだから言わないけど。

　茉奈に言われたから実践してみただけだ、その結果は先程のあれ、実に可愛くないところを見せてくれた。

　あの笑顔はあれだな、ちょろいとかそういう風に考えたのかも。

「うん、もう時間もないしね」

「正直、凄く後悔しているんだ、１２月全部無駄にしてしまったからね」

「や、あんたはそもそも私に興味ないでしょ」

「綾野、こっち向いて」

　可愛らしい寝顔を披露してくれていた幸ちゃんを見ていたかったのに。

「なに？」

「付き合ってくれないかな」

「いや、あんたを狙っていたわけではないからさ」

　どんなに態度が柔らかくなっても無理だってそう考えていた。

　単純に私が真人さんとこの梓のふたりといたくなかったから。

　だってなにも聞いてくれないんだもん、そのくせ一緒にいたがるし。

　よく耐えたものだと思う、と言ってもまあ、ほぼ潰れかけてたけど。

「ん……あやの？」

「ここにいるよ」

「ふぁぁ、あやのと……あずさは仲良し？」

「んー、それは――」

「そうだよ、仲良しだよ僕らは」

　なんでも偽ればいいわけではない。

　幸ちゃんのことを考えて言っているのだろうが、こういう嘘を重ねるのも本来なら良くないことだ。

　それが分からない人ではないだろうに、一体どうしたというのだろう。

「僕は綾野のことが好きなんだ」

「好き？　じゃあちゅーしたいの？」

「うん、綾野さえ良ければね」

「じゃあすればいいと思う、あやのもあずさのこと好きだから」

　なんでやねん……いつから私が梓を好きになったよ。

　本当に余計なことさえ言ってくれてなかったら良かったのにな。

　でも、イブにあんなことを言ってくれて、クリスマスに現実を突きつけてくれたのが梓だ、結局好き放題言える相手だから一緒にいたいだけだ。

「あ、それなら部屋に行ってねるね」

「ちょ、幸ちゃん！？」

「ふたりで仲良くしてっ」

　そういう空気の読み方は期待していなかった。

　梓もなんだよいきなり、付き合ってくれなんてさ。

　好きという気持ちを捨てられないでいるって言ってたじゃん。

　こちらのことが好きじゃないと分かっているのに付き合うなんて無理。

「綾野、考えてくれないかな」

「なんでよ、あんたは無理って自分で言ったじゃない」

「忘れる努力をするとも言ったはずだけど」

「私を忘れる努力をしてよ」

「無理、だからずっと一緒に居続けたでしょ、必死に探したでしょ」

　タイミングが遅すぎる。

　クリスマスにそれを言ってくれてれば確実に落ちていた。

　いつだって恋愛脳だったからだ、それだけは分かっている。

「言っておくけどね、１番はあんたのせいだからね？」

「うん、分かってるよ」

「しかもさ、あんた３月で卒業じゃん」

　仮に付き合えてもその先は苦しさしかない。

　だって梓は他県の大学に行くという話らしいし。

　そういう点では真人さんも同じだ、意味ないんだ。

「３月いっぱいまで付き合ってほしい」

「は、あんた自分のことしか考えてないじゃん」

　それで好きになっちゃったら残された私はどうすればいいんだよ。

　いや、まず間違いなくそういうつもりでいたら簡単に変わる。

　一応謎の拘りでずっと一緒にいたのに分かってないのかよ。

「うん、綾野のことは考えないよ、僕が君と仲良くしたいだけだから」

「無理、最低じゃんそんなの」

「受け入れられないってこと？」

「だからそう言ってるでしょ、それじゃあね」

　何故か外にまで付いてきた。

　面食いとかでもない限り、そんな条件を受け入れる人間はいない。

　流石にそこまで馬鹿ではないし、そこまでして彼氏が欲しいわけではなかった。矛盾しているのかもしれないけど、私は間違っていないはずだ。

「よう」

「あ、真人、残念だけど振られちゃったよ」

「だろうな」

　残念でもなんでもない、残当だろう。

　よくあんな言い方で付き合えると逆に思えたものだ。

「綾野、さっきはごめんね、後は真人と行ってよ」

「あんたなにがしたかったの？」

「大学に受かるよう、勉強頑張るから」

「うん、それは頑張って」

　寒いからさっさと帰ろう。

　って、なんか真人さんが付いてくるんですけど。

　というか、梓の家から出ると毎回真人さんに会うから複雑な気持ちになる。まあいいか、幸ちゃんにももう会えないだろうから。

「綾野、俺を好きになれ」

「あれだけ恋愛はいいものではないぞって言ってたのに？」

「ああ、それでもだ」

「あんたといると追いかけられそう」

「大丈夫だ、その証拠に最近は平和だろ？」

　あ、そういえばそうか。

　外でも一緒にいたけど、追いかけられるようなことはなかった。

　うーん、だからってなあ、真人さんも他県に行く聞いたからさあ。

「嫌いって言ったのは？」

「……照れ隠し」

「イライラしたのは？」

「……お前が梓とばっかりいるからだ」

　会う度に衝突しかしていなかったのになんでだ。

　しかも、自分で好かれる要素はないって分かっている。

　散々そこを指摘してくれたじゃないか、面倒くさい女でもあるし。

「ごめん、無理だよそれは」

「断るってことか？」

「うん、だって真人さんは私のこと好きじゃないでしょ」

「ああ！」

　でも、真人さんと梓がいたからこそより自分を知られたわけだから悪いことばかりでもなかったかな。

　だからお礼を言ってひとり帰路に就いた。

　恋は私には縁がなかったということで諦めよう。

　恋愛脳にはなっちゃうだろうけど、恐らくその度に前に進めると思う。

　それにやっぱり３年生で、しかももう卒業前で付き合うとか辛い結果しか待っていないからね。

「仮に私が独り身のままでも周りの人達が代わりに結婚とかしてくれるでしょうよ」

　しょうがない、付き合える人間ばかりではないんだから。

　２月１４日、バレンタインデー。

　私は今年も誰にも作ることなく終わりを迎えようとしていた。

「本田はなんか嬉しそうな顔してんね」

「うんっ、茉奈ちゃんにチョコを渡せたからっ」

「へえ、友チョコってやつ？」

「私のは本命だよっ」

　すごいな、無理だと分かっていても愛を注げる本田が。

　ちょっと可哀相でもあったから頭を撫でておいた。

　いきなりすぎて困惑しているのかと思ったら、途中からやばい顔になり始めたので離して教室を出る。

　よく考えたら１度も同性に対しても作ったことがないって欠陥なような感じがして嫌だな……というのが正直な感想。

「綾野」

「ん？　おっす」

「うん。これ、貰ってくれない？」

「え、もしかして手作り？」

「うん、僕はまだ諦めてないから」

　いや、これ普通立場逆じゃない？

　私が必死にアピールするところっていうか、なんでこの人ほんとに男として生まれてきちゃったの……。

「でも、もう２月の中盤だよ？」

「それでもいいよ、君と付き合いたい」

「ちょ……っと、抱きしめてきたりなんかしたらぐしゃぐしゃになっちゃうって……」

「そうしたらそれは食べて出来たてのものを食べてもらうから大丈夫」

「……本気？」

「うん、君のことが好きなんだ」

　……いやいや、ここで受け入れたら軽い女になってしまう。

　恋とは縁のない生き物だった、ただそれだけで片付けられること。

　あんなこと言っておきながら体を震わせているとか馬鹿じゃん。

「……いつから？」

「冬休み前からだよ」

「え、梓は酷いことを――」

「クリスマスイブ、あの後に言おうと思ったんだよ……」

「は、はあ？　不器用すぎでしょそんなの……」

　少なくとも告白する前に言うことじゃない。

　というか、帰っているときに勘違いされたら困ると言ったのは彼だ。

「私の気持ちは考えないって言ったのは？」

「そ、それは……綾野が好きでいてくれてるって思ったから」

「はあ！？　じ、自信があるのかないのか分からないわね！」

　そもそも私のどこを好きになったんだろう。

　私は嫌というほど自分を知った、おおよそ好かれるようなところはないように思うが。自分でもこう考えるぐらいなんだから他者の梓からすれば尚更のことなのでは？

「好きだっ」

「ちょちょっ、声が大きいわよ！」

「それは綾野もそうだよ、お願いします」

　ほぼもう傾きかけている。

　けど、やっぱり４月になってからが辛いでしょ。

　いや、なんなら３月全部一緒にいられるというわけでもないはず。

「い、嫌よ、だってあんたは他県に行ってしまうじゃない」

「え？　そんな話、したことないけど」

「は……？」

「僕、ここから１番近い大学に通うから離れ離れとかないよ？」

「はあぁぁあ！？」

　え、じゃあ茉奈が言っていたのはあくまで真人さんだけってこと？

　……もしそうならいままでやってきたこと無駄じゃん。

　時間ばっかり無駄にしてんじゃん、でも全部梓が悪い！

「クリスマスイブにあんな話すんな！」

「ご、ごめん、緊張していたらつい……」

「つかどこを好きになったのっ？」

「綾野はなんだかんだいっても一緒にいてくれたからだよ、それに幸に優しくしてくれるいい子だから」

「だったらそれを素直に言いなさいよ……」

　なんだこれ！　じゃあ勝手に凹んでいた自分が１番馬鹿じゃん！

　ああ、真人さんが言っていたことは全部的を射ていたってことか。

　馬鹿、面倒くさい、本当にその通りだよ、素直になれていなかったのはこちらもそうだったんだ。

「ごめん……私も悪かったよね」

「いや……悪いのは僕だよ」

「で、本当に好きなの？」

「うん、君のことが好きだ」

　ここまで言ってくれたならもう受け入れるしかない。

　休日とかだって会えるってことなら問題もないわけだし。

「はぁ、未経験だったばっかりに対応が下手くそすぎたわ」

「僕もだよ」

　やっぱりそうだ、もっと早くに茉奈に頼っておけば良かった！