07話.[いまのままじゃ]

「あけましておめでとうございます」


 内側のイライラ度が凄かった。

 あくまで普通な言い方を心がけているが、めちゃくちゃ頑張って抑えておかないと暴走して駄目になってしまう。


「おう、今年もよろしくな」

「今年もよろしくね」


 なんでわざわざ31日からいなければならなかったのか。

 1日の朝で良くない? なんで寒い思いして外にいなければならない。


「甘酒でも飲む? 飲むなら貰ってくるけど」

「あ、じゃあ」

「俺はいい、あんまり好きじゃないんだ」

「分かった」


 持ってきてくれたのを受け取って飲んだらほっと息が零れた。

 温かい、寒いところでなければもっと良かったというのに、残念ながら私達がいる場所は神社! 冷たい風が私の体を苛めている!


「綾野さんは寒くない?」

「寒いですが?」

「それなら真人の家にでも行こうか」

「なんでだよ、綾野の家でいいだろ」

「そうだね、そうしようか」


 おおぃ! なんでだよぉお!?

 初日から異性ふたりと一緒とかなんか違う。


「何気に初めて入らせてもらったな」

「俺は29日に来たがな!」

「しー、怒られちゃうよ」


 ああ……どうして初日からこんなに疲れなければならないのか。

 ベッドと壁の隙間に転んでいると落ち着く、ここは私の部屋ではないと考えておけば多少の軽減ぐらいにはなるだろう。


「なにやってるの?」

「うるさい……」

「汚れちゃうよ、ほら」


 差し出してきた手を掴んで真人さんの前に戻った。

 仮にどちらかと仲がいいとかだったらいいのになって思わずにはいられない。が、残念ながら私達は大して仲良くもない集まり、なんのために3人でいるんだろうか。


「寝る、ベッド借りるぞ」

「えっ? ちょ……」


 躊躇なさすぎる、そんなに女として認識されてないのかと悲しんだ。


「梓はどうするの?」

「僕は綾野さんと話したいから」


 さん付けはむかついたから呼び捨てにするように命ずる。

 梓も特に文句を言うわけでもなく了承してくれたようだった。

 ところで、話って言われても困るんだよなあと、こちらも共通の趣味があるわけでもないしさ。


「なんでそんなに離れてるの?」

「別にこれぐらいが普通でしょ」


 分かった、嫌だと感じる理由はこういう日に一緒にいるからだ。

 クリスマスのことを思い出して楽しめない、いつだってまた同じようになるリスクが潜んでいるから。

 

「梓、私、本当はまだあんたといたくない……」

「うん、それぐらいのことをしたのは分かっているよ」

「真人さんとだってそうだよ、痛いところしか突いてこないから」

「うん」


 なのに結局こちらが折れて一緒にいる。

 なにも起こりえないって考えておきながら、多分だけど醜い私の心が期待してしまうんだろう。だから電話とかにだって必ず出たし、メッセージとかだって返した。会いたいって言われたら会ったし、無視するとかも絶対にしなかった。いいのか悪いのか、それは分からないままだけど。

 いや、向こうにとってはいいことだと思う。だって自由に言える、こちらの指摘されたら嫌な部分を指摘して黙らさせればさぞ気持ちのいいことだろうから。

 

「結局、梓はなんのために私といてくれてるの?」

「それを僕も探しているのかもしれない、分からないままなんだよ」

「でも、ないんでしょ? 仲良くしていても進展することは」

「そうかもしれないね」

「それが嫌なんだよ」


 だって変に優しくしてくるから。

 興味がないと言っておきながらそんなことされたら駄目なんだ。

 時間が経つごとに彼氏が欲しい欲が上がっていく。

 いつまで経っても恋愛脳、恋する乙女をやってんだ。

 見た目や雰囲気はともかく、内は少なくともそう。

 なのになにも変わらないかもしれない梓や真人さんといるのは辛い。


「でもさ、結局そんなもんじゃない? 一緒にいる異性と必ず付き合えるわけじゃないじゃん。いや、ただの友達で終わることの方が多い、それは綾野でも分かるでしょ?」

「そうだけど……」


 周りがこれみよがしに彼氏との話をするから引っかかる。

 いまは冬休みだからいいけど、あの教室に戻ればまた同じ思いを味わわされることになるんだ。

 もう私の中ではこの歳にもなって彼氏がいない=負けみたいになってしまっているから焦る、しかもそれが逆効果になってしまっているわけだ。

 こっちが梓達のことを分からないように、向こうもまた焦っているこちらの気持ちが分かっていない。

 ああ、それもあったか、高校3年生ということも影響しているわけか。


「面倒くせえ女だな」

「ほら、この人こんなこと言うから嫌いなんだよね」

「彼氏がいないからなんだよ、別に死なねえだろ」

「一応こっちも女なんでね、そういうのに憧れるんだよ」

「梓に頼めばいいじゃねえか、あ! 言っておくが俺は嫌だからな! お前なんか面倒くさすぎるし!」


 話をなにも聞いてねえじゃねえか!

 その可能性がないから来るなって言ってるのに聞いてくれないんだ!

 そもそもこっちだって真人さんの彼女とか嫌だっ、少しぐらいは選ぶ権利だってあるはずだ!


「綾野、とりあえずいまは学校生活を楽しんだらどうかな?」

「だったらふたりが来てくれなければいいんだよ」

「それは無理だな」

「うん、僕も無理かな」


 ストレス発散のために利用されるのはごめんだった。

 全く言うことを聞いてくれない、なのにこちらには要求を呑めって言ってきているようなもの。舐められていることが嫌だった。


「なにがしたいの……」

「泣いたって誰も心配なんかしねえぞ」


 追い出すことも不可能そうだから大好きなぬいぐるみを抱いて丸まる。

 途中、呑気に「風邪引いちゃうよ」なんて梓さんが言ってきたけど無視した。わざわざ返事をするから調子に乗らせるんだって分かったから。

 ふたりは特に会話もせず、またどこを向いているのかも分からないまま時間だけが経過し、帰ることもなく朝まで一緒にいることになった。


「言っておくけどな、彼氏彼女なんていいもんじゃねえぞ」

「そうだね、付き合えても長続きすることばかりではないし」

「好き好き言っておきながら平気で裏切るからな」

「みんな付き合うまでがいいんだろうね」


 その付き合えたことすらない私に言われても困る。

 嫌味じゃねえか、わざわざここで言うことじゃない。

 なんで敢えてこういう元旦とかに現実を突きつけてしまうのか。

 そういうところが嫌いだって言っているのになにも届いていない。

 私の言葉なんか聞く価値ないと考えているのなら来なければいい。

 

「いじけたってなにも変わらねえ――」

「分かってるよ! もう放っておいて! というか出てってよ!」


 これをするためにわざわざ家に来るとか暇すぎるだろ。

 何度も言わせるなよ、自分のことは自分が1番分かっている。

 もう昔とは違うんだ、現実を突きつけられすぎた。

 ふたりが出ていかないって言うなら私が出ていけばいい。

 まだ時間が早いからか、人が沢山いるというわけでもなかった。

 なんかつまらない、寧ろ沢山人がいてくれれば笑われているようで気が楽になったのに。あ。


「で、私にそうしてほしいと?」

「うん……」


 はっきり言ってくれるうえに頼めるのは茉奈だけ。

 いきなり呼び出したからかなり不機嫌そうだったけど、気にしないことにしてもう1度頼んだ。


「嫌よ、私は兄さんが言いたいことも分かるもの」

「ま、茉奈だって森川……さんと付き合いたいって思ってるんでしょ?」

「付き合いたいだなんて考えていないわ、一緒にいられればいいの」

「仮にもし森川さんが求めてきたら?」

「その場合は受け入れるわ。私が言いたいのは、こちらからアピールすることはないってこと」


 だからそれは茉奈とかだから選べることでしょ。

 こちらにはできないこと、まあ頼んだ私が馬鹿だったか。


「ごめん、もういいや」

「よく考えてから呼び出しなさい」

「うん、ごめん」


 その後は適当に歩いた、家に帰りたくなかったのだ。

 今度こそあのふたりが来られないぐらい遠くに行ってやると決めてずっと歩いていた。そのおかげで隣の県に着いてしまったぐらい。

 時間はまだお昼ぐらいだから問題もない、またゆっくり帰っていけば流石にあのふたりと会うこともないだろうし。

 やっと自由になれた気がした――が、


「あれ……」


 どこをどう歩いてきたのかがまるで分からない。

 GPSでって考えてポケットを探ってみたもののスマホはなかった。

 お金も早く逃げ出したいという気持ちから持ってきていない。

 つまり詰み! ま、まあ、夜までには歩いていれば着くでしょと期待しながら歩いていたけど、全く家に近づいている気がしないゾ……。

 案内標識を時々見ながらだから数キロずつ減っているんだけどさ……。


「いやいや、たかだか15キロとかその程度じゃん……」


 歩いていたときはなにも考えてなかったから特に苦労もなかった。

 いや、それだけでなくどこまで行けそうな気がしたぐらい。

 それでも反応が過剰すぎた、たった20キロ未満じゃないか。

 が、こうしてどれぐらいあるのかを知り、足が重くなった。

 飲食店を見つけても入って食べられないってなると、余計にお腹だって空いてきてしまう。

 これぞ正に行きはよいよい帰りは怖いってやつだなと自嘲した。

 

「また怒られるのかな? 次は愛想尽かして怒ることすらしないかな」


 通行人や車の運転手にどう思われても別に良かった。

 こうして吐いておかないと足が止まる、それだけは駄目だと分かる。

 でも、行き帰りで計30キロ以上なんて歩いたことないからなあ。

 幸い学校とか友達の家とかは近かったし、仮に遠くに行くのだとしても電車とかバスとかの公共交通機関が充実しているから問題ないし。

 あれ、だけどやっぱり自由な気がする。

 逆に向こうへ帰ることの方が自分を苦しめることになるのでは?

 あのふたりの様子を見れば来なくなるなんて有りえない。

 それなら私はまたちくりと言葉で刺されてその度に傷つくわけで。


「あーあ」


 そこで初めて足がそういう意味で止まった。

 多分もう残り8キロぐらいしかないのに自分の意思で止めたのだ。

 現実逃避するのは楽だけど、実行するには問題ばかり。

 大体、食欲はどうやって満たすんだ、睡眠欲は?

 お金だってない、結局向こうに帰るしかないんだ。

 3月まで我慢すればいい、なんてことはないこと。

 ……なのにそれが難しい、多分、80歳以上生きることよりもだ。

 それでもいまの私にできるのは帰ることだけ。

 何時間かかってもいいからと歩き始めたのだった。




 結果を言えば普通に両親には怒られた。

 幸いだったのはふたりがいなかったこと。

 しかも学校が始まってからもっと嬉しいことがあった。


「席替え!?」


 しかもしかも、願い通り窓際という最高の位置。

 森川や茉奈とは離れられた、本田とも離れたけどどうでもいい。

 最高じゃないか、これで仮にあのふたりが来ても私は関係ないで通すことができる!

 嬉しい、冗談でもなんでもなく涙が零れ――そうになったのを我慢したぐらいには。


「どけ綾野」

「え……」


 が、結果はこれだった。

 まるでいままでここに来ていたのはあのふたりがいたからではないとでも言いたいかのような様子だった。


「な、なんで? 森川さんや茉奈はあっちだよ?」

「だからなんだ、俺はここに用があるから来たんだぞ」

「いや……」


 やっぱり3月まで耐えるとか無理ゲーでしょこれ。

 どんなことよりも難しい、生き続けるよりも難しいんじゃ?


「なんでそんな意地悪すんの」

「俺らといれば彼氏欲しい欲も下がるだろ?」


 逆だよ逆っ、上がるから困るんだってっ。

 どんなに頑張っても進展しようがないから苦しいんだ。

 あと、周りより劣っているのが嫌だった。

 みんな言うんだ、この歳にもなって1度もできたことのない人間はなんらかの問題があるって。

 このことについてだけは笑われたくない、そんなことされたら全力で引きこもりたくなるぐらいだぞ。


「別にできなくたって恥ずかしいことじゃねえよ」

「嫌なの! 考え方が違うんだから!」


 惨めでもなんでもいいから、私は彼氏が欲しい。

 ただそれだけで満足できる、この後も楽しく過ごせる。

 真人さんと梓とだって普通の友達みたいな感じでいられるようになる。

 でも、いまのままじゃ駄目なんだ、なんでそれを分かってくれないの。

 いや分かってくれなくていいから放っておいてほしい。


「兄さん、それぐらいにしておいてあげなさい」

「あ、茉奈っ」

「あなたももう少し落ち着いて対応しなさい、感情的になってしまったらこういうタイプは駄目なのよ」

「そ、そうなんだ、ありがとう」


 ま、まさか茉奈が助けてくれるとはっ。

 人気なのも分かる、もうファンになっちゃいそうだった。

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