06話.[自信たっぷりだ]

 消えたい。

 いますぐにでも遠いところに行きたい。

 もう自尊心はボロボロだった。

 なのにどうすればいいのかが分からないでいる。


「おい綾野」

「あ、こんにちは」


 水面を見つめるのをやめて声の主の方に視線を向けた。


「そんなにぎりぎりのところにいると危ないぞ」

「放っておいてください」


 落ちようが関係ないよ。

 それでもし風邪を引こうが自業自得だし。


「おいっ」

「……なんで掴むんですか」

「なに考えてんだよお前……」


 濡れれば気分が楽になると思ったんだ。

 それに万が一があっても真人さんは放っておけないから。


「消えたいんです」

「途中で帰ったのはそれに繋がっているのか?」

「はい、私なんて価値ないですし」


 あそこまでコケにされたのは初めてだった。

 別に女として扱えなんて言わないけど、行動が意味不明すぎる。

 まずあれを持ち出す意味が分からない、しかも謝罪の後にまた煽ってから謝罪ってよく許してもらえると考えたものだ。

 

「そんなこと言うな、両親が可哀相だ」

「別にいいですけど私じゃないんですね」

「当たり前だ、頑張って大切に育てた娘が勝手に自分で価値ないとか言っていたら否定されたようなものだろ」


 真人さんは「お前が梓にされたようにな」と重ねた。

 知ってたんじゃん、なら知らない風なこと言わないでよ。


「あなたはあんな思いをクリスマスにしたことがないから言えるんですよ、どれだけ惨めな気持ちになったかなんて分からない――」

「分からねえよ、興味もねえし。でも、両親を悲しませるようなことはするな馬鹿。それにな、そんなことしたって俺らは心配しねえよ」

「……いまはやめてくださいよ」

「いま言わなくていつ言えばいいんだよ馬鹿」


 だから放っておけって言ったのに。

 つか、なんでこんなにエンカウントするのかって話だ。

 ここだって家から離れているところなのに当然のように来た。


「やっぱりお前は面倒くさいやつだ」

「そうですよ、面倒くさいやつですよ」


 そういうの全部ここ最近で分かったって。

 自分のことを自分が把握していないわけないじゃないか。

 結局真人さんは自分の鬱憤とかそういうのを私を晴らしたいだけだ。

 悔しい、散々異性とは縁がなくて、期待もしていないのに余計な対応をされて痛いところを突かれて、そこから更に死体蹴りに近い行為とか誰だって文句を言いたくなる。

 いいよな、相手は好き放題言えるんだから。

 こちらの痛いところを突いておけばほぼ言いなりみたいなものだし。

 確実に抉られているのにそうだと肯定することしかできない。

 出会ったのが運の尽きだった、こういうのも私の限界ってやつに繋がるんだろうと思う。


「川に入られても面倒くさいから腕掴んでおくわ」

「いいですよ、放っておいてくれれば」

「駄目だ、梓が来るまではこうしておく」

「え、まさか呼んだんですか?」

「おう、見つけたら連絡するって約束だったからな」


 ということは会いたがっていたってこと?

 この中途半端な今日、28日までずっと探していたと?

 連絡しても反応しないと判断していたのか、間違ってないが。


「真人さんはいつから探してたんです――」

「だあ!! 気持ち悪いんだよお前!」

「え……」


 気持ち悪いとまで言われたのは初めてだ。

 そんなに女として価値がないのか、かなり残念だよ……。


「なに弱気になって敬語になってんだっ、生意気なぐらいでいいんだよお前はっ、いや! 寧ろそうじゃなければならないんだ!」

「いや、だってあれだけ私という存在を否定されたら……しかも普通は年上に敬語を使うのは当たり前ですし……」


 一応、謙虚に生きようとしているつもりだった。

 人間としての魅力がないからせめて嫌われないようにって考えて。

 でも、そうしたところでいまみたいに悪く言われるなら虚しいな。


「やっと着いた……なんでこんなところまで来てるの」

「水を見ていたら落ち着いたので……」


 ここら辺りの川は絶対に止まることはなく流れてくれているから。

 ちなみに、真人さんが来るまでは入ろうなんて思っていなかった。

 なんか見ていたら複雑な気持ちを流してくれるような気がしたのだ。


「……なんで来ちゃうんですか」

「ずっと探していたんだ、そんなときに見つけたって言われたら行くしかないでしょ」


 そもそもなんで真人さんは私を見つけられたのか。

 いま梓……さんも言っていたが、家からは遠いというのに。


「おい梓、片方の腕を掴んでおけ」

「うん、分かった」


 え……流石にこの状況で逃げられるとは考えないけど。

 どんなプレイだよこれ、それぞれの腕をそれぞれ違った異性に掴まれたまま歩かされるって。本当に意地悪なふたりだ……。


「馬鹿綾野、2度とこんなことするな」

「別に死のうとしたわけじゃないですし……」

「家出紛いのことをするなって言ってんだ! あと、連絡したんだからすぐに反応しろよお前!」


 え、となって確認してみたら本当に沢山メッセージだの電話がきていた。全然気づかなかった、通知だってオフにしていたわけではないというのになんでだろう。


「まあ真人、それぐらいで抑えてよ」

「お前は甘いっ、こういうタイプはちゃんと言わなきゃ駄目なんだ! 分かってないからこんな馬鹿なことをするっ」


 そんなに怒られることか?

 勝手に探しておいて文句を言われても困る。

 私は頼んでない、責めるなら頼んできたであろう梓さんでしょ。


「俺はこいつが嫌いだっ」

「そこまでなの? 別に全部吉野さんが悪いわけじゃないのに」

「こういうやつを見てるといらいらするっ」


 いや、子どもかよ……小学生でも最近はしっかりしてるよ。

 全部梓さんからの情報なんだろうが、それだけで嫌えるってどれだけ妄想力が豊かなのかって話だった。

 

「もういいよ真人、吉野さんを見つけてくれてありがとう」

「……逃がすんじゃねえぞ、そいつは馬鹿だからアホなことするから」

「うん、分かってるよ、ありがとね」


 正直に言って梓さんともいたくないんですが。

 違う、寧ろ梓さんと一緒にいたくないという思いが強い。

 

「梓さんも……帰ってくれませんか?」

「ごめん、それはできないよ」

「じゃあ……とりあえず帰りましょう」

「うん、そうだね」


 ちょっと薄着だから寒かったしいいタイミングかも。


「吉野さんは昨日と一昨日、なにしてたの?」

「ぼうっとしていました」

「敬語、やめてくれないかな?」


 そう言われてもどうせなにも変わらないし。


「ねえ、名前で呼んでもいいかな?」

「でもどうせ私は……」

「お願い」


 頷いたらかなり嬉しそうな顔をして私の名前を呼んできた。

 綾野って名前はママとパパがつけてくれたから気に入っているが、他人が呼べてそこまで嬉しそうにするのはなんだか不思議だ。


「綾野さん、真人のこと嫌いにならないであげてね」

「でも……顔を合わせば痛いところを突いてきますから」

「それは僕も同じ、かな?」

「本当は……まだ会いたくなかったです」

「ごめん」


 女としての私を完全否定されてすぐに立ち直るなど無理だった。

 なによりイブとクリスマスだったというのが高ダメージの原因となってしまっている。まだ普通の平日とかだったら私もある程度は躱せたはずだったんだけど。


「あと綾野さん、敬語はやめてよ」

「……梓さんが言うなら」

「そのさん付けもやめて、調子が狂うんだ」


 でも、仲良くしても結局なにも起こらない。

 それが嫌だ、どうせ仲良くするのなら進展してくれないと困る。


「梓、来てもいいけどたまににして」

「なんで?」

「だって梓は……」


 私になんか興味ないんだから。


「言ったでしょ? 忘れられるように努力するからって」

「無理だよ、そんなに好きって気持ちは忘れられない」

「そうだね、でもそれはひとりでいた場合はだよ」


 確かにひとりでいるとごちゃごちゃ考えちゃうか。

 だからって、私には梓がなんでそんなに自信を持てているのかが全く分からなかった。




「おい、馬鹿綾野」

「な、なんですか?」


 コタツの中に半身を入れてみかんを食べていたら話しかけられた。

 昨日あんなこと言っていたくせに翌日普通に訪れてきたのだ。


「昨日は……喧嘩にならなかったか?」

「元々、梓とは喧嘩していませんよ? 女としての自分を全否定されただけで……」

「梓はそんなことしないだろ」

「だって、わざわざあそこまで移動しておいて好きな人がいるだのなんだの言ってきたんですよ? そんなのアプリを使えばいいと思いませんか? あんなに最低なイブを過ごしたのは初めてでしたよ」


 狙ってはいなかったけど、梓の発言がいちいち心に突き刺さった。

 せめてイブじゃなければいつものように流せたのに。

 というか、この人の言葉も突き刺さっていることなんてなにも分かっていないんだろうな。だからこうして一切気にせず顔を見せられるんだと思う。


「お前はまだ彼氏が欲しいのか?」

「でも、願ったところで結局このザマですからね……」

「とにかく俺にも敬語はやめろ」

「ま、真人さんは嫌いって言ってくれたじゃないですか」

「いいからやめろ、続けたら抱きしめるって言っただろ?」


 この人も梓さんもよく分からない。

 こういうときこそ幸ちゃんを抱きしめて癒やされたかった。


「……こんなところにいていいの? もう29日なのに」

「おう、片付けももう済ましたからな」

「えっ、偉いね、私なんかぼうっとしててなにもしてないや……」


 クリスマスどころか冬休みもなにもなくて終わりそう。


「手伝ってやろうか?」

「え、いいよ、それぐらい自分でやる」

「いいからやろうぜ、コタツに入っている場合じゃないだろ?」


 まあ、そこまで汚いというわけでもないからと部屋に招いた。

 なんかじろじろ見られているのが恥ずかしい。


「特に必要なさそうだな」

「うん、なるべく綺麗に使っているからね」

「お、これアルバムか? 見ていいか!?」

「す、好きにすれば?」


 この人はどこか子どもっぽいところがある。

 それなのに梓より大きくて、体つきとかもなんかがっちりしているという不思議な感じ。あ、けど梓さんの方が耐衝撃には強そうだ。


「おお、あんまり変わらないな」

「私だからね」


 なんでお互いに嫌いなはずの相手と自分の部屋にいるんだろう。

 梓さんがいないのは単純に忙しいからだそうだけど、だからってこの人が来る理由が分からない。


「おい、こいつはなんだ?」

「あ、友達だった子だよ、仲良かったから一緒に撮ってもらったんだ」

「彼氏、か?」

「1回もできたことないよ、そんなことよく私に聞けたね」


 だから憧れてずっと探し続けていたんじゃないか。

 でも、駄目だった、恐らくこの先も求めてくれる人はいない。

 けど、いまはもうそれでいいと考えている。


「お前、なんか男と撮っているの多くないか?」

「は? どこをどう見たらそう見えるの」


 ほとんどソロだろ。

 同性の友達ってのがいなかったからたまに撮っても異性とってだけ。


「中学生時代の分もちゃんと写真があるんだな」

「うん、ママ――お母さんが写真撮るの好きだから」


 授業参観の度に撮ってきたりとか、試合中とか、ただ帰宅しただけでとか。でも、その頃は自信があったからなにも恥ずかしくなかった。いまとなっては黒歴史みたいなものだけど。


「いまのお前にそっくりだ」

「だから私だからね」


 貸してもらって見てみたが、あくまで平凡な顔だった。

 ……少しぐらいは森川や茉奈みたいな感じであれば、とも思わなくもないけれども、いまなら平凡で十分、良かったと言える。


「……昨日は悪かった」

「なに急に、いいよ別に」

「いや、なんかお前みたらイライラしてさ」

「それはごめん」

「違う、それはこっちが悪いんだ」


 真人さんは女子が嫌なのかもしれない。

 毎回追われているからと考えてみたが、どうなんだろうかね。


「綾野、お前もっとメッセージとか送ってきてくれよ」

「なにを送っていいのか分からないんだよね」


 共通の趣味とかがあるわけでもなし、仲良しでもなし、それどころか仲が悪いと言っても過言ではないぐらいの仲だから、結局1度も送れたことがなかった。向こうから送ってこないというのもある。


「真人さんが送ってきてくれたら返事するけど」

「してないよな」

「うっ、ごめん……」

「い、いちいち謝るな、なんか寂しいだけだからさ」


 最近分かったことはコミュニケーション能力も低かったということ。

 なんで小中学生のときの私はあそこまで自信たっぷりだったのか。

 恥ずかしい、仮に戻って忠告できるのなら自信は持つなと言う。

 いやまあ自信を持つのは大切だけどね、過信になったら駄目なんだ。


「これからは返しますから送ってきてください」

「敬語やめたら送ってやる」

「違うよ、なんかあるじゃん、あるタイミングでは敬語みたいな」

「はははっ、そうか、ならそうするわ」


 敬語をやめたところでなにが変わるわけでもない。

 が、自分でも堅くて似合わないと思っていたからありがたかった。

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