05話.[ピンポイントな]

 何気にイブはまだ冬休みではない。

 何故クリスマスにまで登校させてしまうのかが分からなかった。

 やはり格差があるから? 楽しむ人間を許せないから?

 どうでもいいけどせめて20日ぐらいには終わらせてもらいたいものだった。そこそこ距離が離れている市立高校は20日からって聞いたし。


「お待たせっ」


 やって来たのは梓ひとりだけ。

 真人も本田もいない、3人で来るって言っていたのに。


「橋口兄と本田は?」

「ちょっと遅れるって」

「じゃあ待つかねえ」

「え」


 わざわざ来てあげたんだからこちらの要求も呑んでほしい。

 私は梓とふたりきりになりたくない。

 何故なら簡単に恋愛脳が戻ってくるのと、まず間違いなく終わった後に後悔することになるだろうからだ。

 梓との間にはなにも発生しようがない、それだけは容易に想像できる。


「ふたりから先に行ってくれって言われているんだけど」

「え、いいでしょ、そんな不効率なことしなくても」

「え、困るんだけど……」


 こちらの方が困るんだ、ふたりきりは避けたい。

 それだけが私の唯一の願い、叶わないのなら帰ることも選択肢のひとつとして挙がってくるぞ。


「頼むよ吉野さん、元々僕はふたりで行きたかったんだから」

「は? 私さえいいならって言ったじゃん」

「いいから、あのふたりが来るまではふたりきりでいたい」


 こちらの腕をがしっと掴んで歩き始めてしまう梓。

 これがもしエロ漫画だったら誰もいないところに連れて行かれて「ぐふふ、やっとふたりきりになれたね」ってなるところだけど、梓に限ってそれはないから大人しく付いていくことにした。


「はぁ、なんでそんなにふたりきりを好むのよ」

「考えてみてよ、真人と本田さんってハイテンションそうじゃん」

「あ、それは簡単に想像できる」


 確かにそうだ、イブに出てきてそれじゃあ虚しい。

 おまけに他の人間だけで盛り上がられるのが嫌なんだからさ。


「僕はこう、しんみりとした感じでいいんだよ」

「まあ分かるけど……じゃあ、どうせなら手を握ってよ」

「え、あくまで僕にそういうつもりは」

「帰る」

「わ、分かったよっ、手を繋げばいいんでしょ?」


 冷たっ!? つか、そんなに何度も言われなくても分かってるし。

 つか、それならなんで今日わざわざ誘ってきたんだよ。

 乙女心が分かっていないのはここにもいたかとため息をつく。


「遠かった……」

「大袈裟すぎるよ」


 どうしてこんなに歩かなければならないんだ。

 ああ、今頃両親は暖かい店内で温かい食事を前にしている頃なのに。

 私ときたらこんな冷たい男とふたりでいる、なんでなんだ……。


「ほら、ここ綺麗でしょ?」

「ん? んー、まあ綺麗ではあるけど」


 わざわざ寒い思いをしてまでの価値があるかと言えば、そうじゃない。

 私達がラブラブカップルなら景色なんか口実で済ませられるけど、現実はそうじゃない。仲良くもない、なんのために呼ばれたのか分からない。


「いきなりだけどさ、僕には好きな人がいるんだ」

「へえ」

「顔っ、そんな顔しないで!」


 結局これを聞かせたかっただけかよ。

 それで諦めさせるってか? もうとっくに諦めてんだよ私は。

 流石にこれは自惚れがすぎる、近づいて来る女全員がそうだと認識しているんじゃねえだろうな?


「正確に言えば好きな人がいた、と言う方が正しいかな」

「え、まだ続くの? どうでもいいんだけど」


 なんでわざわざ綺麗だと思っている夜景が見えるところで言うんだ。

 そんなの電話なりメッセなりでいいじゃんか、期待なんてしてないし。

 なのにいちいちここで言うって馬鹿じゃん、その人に好かれなくて当然としか思えないけど。


「でも、ずっと諦めきれなくてさ、この前は嘘をついてしまったんだ」

「幸ちゃんが大きくなるまではってやつ?」

「うん、本当はずっとあの人に惹かれたままなんだよ」


 だから知らんて。

 絶対に「あ、梓……」とかって言ってあげないから。


「待たせたな! 綾野っ」

「待たせたな! 綾野ちゃんっ」

「よく来てくれたよ、こいつが馬鹿だから相手しておいて」

「「任せておけ!」」


 途端に景色が綺麗でもなんでもなく見えてきた。

 なんだよ、せっかく出てきたのに、ここに来た思い出は自動販売機でホットな紅茶を買ったことだけかよ。


「温かい……」


 かろうじてホットな紅茶くんが心が凍てつくのを止めてくれた。

 いやでも実際、ここまで最低最悪なイブを過ごしたのは初めてだ。

 期待はしていなかったからダメージは少ないが、まさかそんなことを言いたいがために誘うとか意味不だし。もう帰ろ。

 特に挨拶もせず、それでも一応グループの方で送ってから歩き出す。


「はぁ……」


 今頃、森川と茉奈のふたりはいちゃいちゃしてるんだろうな。

 いいなあ、暖かい空間にいられるというだけで幸せなことのように思うよいまの私からすれば。

 今度から梓に誘われても行くのはやめようと決めた。


「ちょっと待ってよ」

「知らん」

「ごめんって、別にあれだけを言いたくて誘ったわけじゃ……」

「つかあのふたりは?」

「なんかハイテンションで見て回ってくるーって」


 どうせなら底抜けに明るいあのふたりといた方が良かったな。

 くそ、こいつはまじでなにがしたいんだ。

 時間だけは経過していて、もう20時近い。

 その間に得たのはこの紅茶くんと、この馬鹿! から聞かされた変な話だけという虚しさ。


「どっか行け、私はひとりで帰るから」

「危ないでしょ、僕も付いていくよ」


 私みたいな人間はやべえやつにも求められないんだよ。

 うざってえ、なんでこいつは当たり前のように横にいんの。


「だ、だから僕はずっとそういうつもりはないって言ってたでしょ?」

「私もそういうつもりはなかったんですけど、だから私は行かなくてもいいかって聞いたんですけど」

「いやだって、吉野さんは彼氏が欲しいわけで、ああやって言っておかないと勘違いしちゃうかもだし」


 最低な野郎かよ、だったらイブになんて言うな。

 分かった、クリスマスまで学校があるのはこういうことか。

 そりゃ憎いわ、誰かとわいわい楽しく過ごせるやつらが。

 それができない人間の側にはこういうクソが集まるんだからな!


「私はこっちだから」

「嘘つき、まだ全然向こうでしょ?」


 確かに家まではまだ全然距離がある。

 じゃあその間ずっとこいつとふたりきり? そんなの嫌だ。


「きゃー! 変な男に付きまとわれてるー!」

「ちょっ」


 大して自信もなかったけど、かなり走って逃げた。

 いまは誰ともいたくない、あいつの言い訳を聞いてると消えたくなる。


「……なんの涙だよ」


 最近は自分の限界ってやつを教えられてばかりで精神が参っていたのかもしれない。そして今日のそれが止めだったと言わんばかりに、涙が止まらなかった。

 忘れることはないだろうな、きっと死ぬまでずっと。

 この先、ここまで最低なクリスマスイブを過ごすことはないと。


「ただいま……」


 足も疲れたし、お腹も減ったし、眠たいし、なにも考えたくないし。

 真っ暗なのをいいことに部屋に帰って布団の中に逃げ込んだ。

 色々なところが冷えていて全く暖まらない、行った自分が馬鹿だった。

 それでも連絡先を消したりはしなかった。

 なんかそれじゃあ完全に敗北したみたいで嫌だから。

 こういうプライドが足を引っ張るんだろうけど、別にこんなことしたところであいつにダメージ与えられないし。

 そもそもそんなのが目的じゃない、態度を変えない限りは来ないでくれればそれで良かった。

 ま、私がこういう人間だからそういう人間が集まるんだろう。

 類は友を呼ぶってこういうときに使うんだろうなと自嘲したのだった。




 クリスマスは楽しい時間を過ごせた。

 高校生なのに欲しかった物を買ってもらえて嬉しさ半分申し訳無さ半分だったけど、イブがあんなだったからめちゃくちゃ温かくてやばかった。

 でも、買ってくれたぬいぐるみを抱きながらベッドで転んでいたら電話が。


「あ、吉野さん……?」

「なに?」


 別に無視もしない。

 全部受けきってこそ、私だと思うからだ。

 どんなに表裏に差があろうと、無難に終わらせるのが自分。


「えと、昨日は……ごめん」

「別にいいよそんなの」


 思ってもないのに謝罪をされるのが1番嫌だ。

 どうしてこいつは私を不快にさせるのがここまで上手いんだ。

 天敵として神が誕生させたということなら大成功だよ、ちくしょう。


「で、なんだよ」

「もう1回だけ、チャンスをくれないかな?」

「いや、いらないから」


 別にいいよこのままで。

 なにも進展しないことは昨日ので分かったんだから。

 流石になにも起こりえないのに一緒にいるとか無理だから。

 やっぱり駄目なんだ、私はいつだって恋愛脳なんだ。

 周りが彼氏の話をしていたりすると尚更考えてしまう。

 それでその度に現実を直視して諦める、その繰り返しだった。


「プレゼントを渡すつもりだったんだよ」

「幸ちゃんにでもあげてよ」


 敢えて突きつけてからプレゼントを渡すとか頭おかしいでしょ。

 せめてイブぐらいは明るいまま終わらせるとかでも良かっただろ。


「そんなんじゃずっと彼氏なんかできないよ」

「大丈夫、これまでずっとできてないんだから」


 わざわざ指摘してくれなくたって分かっている。

 何度も言うが動いた結果だこれだ、今後も変わることはないだろう。

 だから羨ましいんだ、だからちょっと夢見てしまうんだ。

 大丈夫、その度に現実は違うよなって自分で自嘲しているから。

 見た目とか性格とかでできないなんてことは自分が1番知ってるよ。


「待ってたって誰も来ないよ、一生できないよ」

「だから? 私に彼氏ができなくてもあんたに不都合はないでしょ」

「君って可愛くないよね」

「そうだね」


 今日は何故か怒りは湧いてこなかった。

 なんかそうやってこちらを怒らせようとしているのが可愛く見えた。


「話はそれだけ?」

「ごめん……やっぱりいまから会いたい」

「で、また悪口言うの?」


 ああ、黙っちゃったよ。

 もうちょっと考えてから発言した方がいい。


「私はあんたのこと狙ってないから安心してよ」

「いまから行くから」

「分かった、それならなるべく早く来て」


 勘違いされたら迷惑みたいなことを口にしておきながら会おうとするなよ。やっぱり分からない、梓という人間のなにもかもが。

 外で待っていたら割とすぐに梓がやって来た。薄い長袖の上になにも着てなくて馬鹿じゃないのって言いたくなるぐらいで。


「……さっきはごめん」

「謝るな」


 なんでも謝ればいいと考えるところも嫌だった。

 だってなかったことにはならないだろ、確実に嫌なところを突いてきていたくせに結局ごめんって卑怯だ。どうせなら堂々としていろよ、間違ってないだろってさ。


「これ、受け取ってくれないかな?」

「私はなにも用意してないんだけど」

「いいよ、お詫びってことでさ」


 開けてみたらクリスマス仕様のスノードームだった。


「で、これだけ?」

「いや、昨日言いたかったことを……」

「いいって、あんたがまだ惹かれているということは分かったから」


 これは確実に2度もぶつかったからだな。

 死体蹴りはやめてくれよ、なんで2日も連続で嫌な気分にならなければならないんだ。さっきまで幸せだったのに、聞きたくない。

 また冷えていく感覚、掴んでいるはずの右腕の感触も分からない。


「……せめてクリスマスに言うのやめて」

「僕が言いたかったのはやめるってことでさ」

「どうせ無理でしょ」

「努力する」


 仮に努力したところで私にメリットがあるわけじゃないだろ。

 つかこんなやつ嫌だし、向こうもまた嫌だろうからどっこいどっこいだろうけどさ。


「君と仲良くしたいんだ」

「矛盾じゃん」

「お願い、ちゃんと忘れられるよう努力するから」

「いやだから興味ないって、ずっと好きなままでいればいいじゃん」


 やっぱり会うべきじゃなかったな。

 梓はいつだって自分のことしか考えてない。

 あれだけ惨めな思いを味わわせておきながら翌日にこれってどういう神経だって問い詰めたくなるぐらい。


「ぶつかったことなら謝ります、すみませんでした。なのでもう来ないでください、もう聞きたくないです言い訳なんて」


 調子に乗っていたのは認める。

 最初から最後まで私はそうだったというだけ。


「吉野さん……」

「帰ってください、これもお返しします」


 紙ごと押し付けるように渡して中に逃げ込んだ。

 被害者面をするのは駄目だけど、これぐらいは許してほしい。

 自衛しておかないとどうにかなりそうだった、真面目に家出したくなるぐらい私という人間を否定されてしまったから。

 可愛くない、彼氏ができないというピンポイントな指摘も心を抉った。

 スマホの電源は消して、買ってもらったぬいぐるみを抱いて寝た。

 起きた後に「うおりゃぁっ」と叫べば良かったと後悔したのだった。

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