03話.[諦めるしかない]

 恋関連のことでは動けなくてもやらなければならないことは沢山ある。

 課題や提出物を出したり、本田と会話したり、茉奈と会話したり。

 それでもあれから真人は話しかけてこなくなったから気楽ではあった。


「吉野さん、次は移動教室ですよ?」

「うん、そうだね」


 茉奈だけでなく森川が声をかけてくるのが気になるところではあるが、あんまり気にしないようにしている。邪推したって自分だけが嫌な気分になって終わるだけだから。

 んー、だけどなんで化学実験室は反対側の校舎にあるんだか。

 薬品が誤って落ちて割れていた際に他の教室には被害を出さないため?


「わっ、すごい寝癖だね」

「え、そうなの?」


 なんかこうして本田と話すのも久しぶりな感じがする。

 突っ伏して寝ていただけなのに寝癖がすごいらしい。

 本田も森川も茉奈もみんな髪を伸ばして綺麗にしているから私のいまの状態は目立つかもなと想像。どんなのか分からないけど。

 私の寝癖は他所に授業が始まって静かになる。

 教室とは違って運良く窓際でいられたから窓の外を見ていた。

 1日1日、確実に時間は経過しているのになにもない。

 行動していないから当たり前ではあるが、私という人間の限界をまざまざと教えられているような気がした。

 嫌われこそしないが、誰からも好かれない、求められない人生。


「吉野さん、イカの解剖だって」

「あ、そうなんだ、どうすればいい?」

「一緒に行って道具とか持ってこよ」

「うん、分かった」


 イカも素人の私達に捌かれたくないだろうな。

 いや、そもそも殺されたくないだろうなと内心で呟く。

 結局のところ指示待ち人間だからなのかもしれない。

 今回のそれだって協力はするものの、自発的に行動しようとはしなかったから。が、それでも先程話しかけてくれた子の友達である子よりは行動していたらしく、私がいてくれて良かった、なんて言われてしまった。

 もちろんお世辞なのは分かっている、褒められるようなことはなにもしていないんだから。これで褒められるんだったらこの実験室内にいる全員の口からありがとうという言葉が吐き出されていることだろうし。

 無事捌いて、なんかごちゃごちゃ書いて、提出してから片付けて、そんなこんなで無事に協力プレイ時間は終わった。

 なんかイカを捌いた後にお昼休みというのがちょっと嫌だけど、あれをあのままご飯の上に乗っけて食べたいぐらいだった。


「いただきます」


 私の席は人気なので食べる場所はその日によって変わる。

 今日は冷えるがみんなから見えないところの階段に座って食べていた。

 ……これってぼっちじゃんとツッコミたくなるのを我慢しつつ。


「みーつけた」

「あんたもここで食べるの?」

「うん」


 なるほど、それはなんとも物好きな思考だ。


「いまのクラスっていいよね」

「そう? まあ悪くはないと思うけど」


 結局あのふたりの粗は見つかっていない。

 悪口を言っているところを見たことがない。

 また、たまにドジをやらかしても周囲からの好感度が上がるだけだ。


「私、茉奈ちゃんのこと狙ってるんだ」

「え、あの子は森川推しだからやめた方がいいと思うけど……」

「でも、だからって付き合っているわけではないからさ、なにもしないで諦めたくはないんだよね」


 言葉が突き刺さる、なにもしないで諦めている人間だから。

 だから例え相手が同性でも頑張ろうとしている本田は良く見えた。


「あんたは強いね、無理かもしれない相手に頑張ろうとできて」

「いや、自分勝手だよ、茉奈ちゃんからしたら迷惑なことこのうえないだろうしさ、褒められることではないよ」


 変えようともせずに諦めた人間には全て突き刺さるんだが?

 だって結局その程度だったってことだ。

 変えようと努力もせず、ひたすら誰かが来てくれるのを待っていることの繰り返し。で、来てくれなかったら被害者面、贅沢だとか言ってモテるやつに八つ当たり、そりゃ来ねえよなって話でしかないのに。

 容姿も大して良くないないのに過信し、自惚れていた。

 出会ってばかりなのに面倒くさいところを見抜かれ、なんと言われてもいいとか心にもないことを言いながら開き直ってさ、やっぱり指摘されても直そうとしないところが駄目なんだ。

 まあいい、マイナス思考っつうかこういうことをずっと考えていたって私という人間は変わらないんだから。

 救いな点はそういうのを表面には出していないことだ、だからまだかろうじて嫌われているわけではないように思える。

 ……真人と梓は仮に来ても話しかけてこなくなったから、あのふたりからは嫌われているのかもしれないけど、同性に嫌われるよりかはマシだ。


「あれ、全然食べてないじゃん」

「あ……考え事してた、先に戻ってて」

「いや、ここにいるよ、綾野ちゃんといたいから」

「はは、物好きだねあんたは」


 ママが作ってくれたお弁当を食べて片付けて。


「あんたのお弁当は作ってもらったやつ?」

「ううん、自分で作ってるよ、お母さんは朝忙しいから」

「そっか、偉いじゃん」

「これぐらいしないと苦労をかけるばっかりになっちゃうから」


 うっ、なんかなにもしていない私に突き刺さる。

 今日の本田の言葉は痛い、別にそういう意識はないんだろうけど。

 チクチクじゃない、ザクザク刺さってる、戻ってくれないかなあ……。


「子どもだからってなんでもしてもらうのは違うでしょ?」

「うん、それはあんたの言う通りだよ」

「忙しいならなおさらのことだよね、だから家事とかお掃除とかなるべくできる範囲で私はしているよ。褒められることじゃない、して当然なんだよ、だってこれまで両親は大切に育ててきてくれたんだからさ」


 なにもしていない人間がここにいます。

 服とかだって脱ぎっぱなしにしていつもふたりに洗濯機に入れさせているし、部屋の掃除だってママがしてくれるのを待つだけ。

 なにもかも駄目じゃん、両親から好かれているかどうかすらも怪しくなってきたぞ。そんな状態で全くの血の繋がりもない、関わってからすぐの人間が気に入ってくれるわけないんだ。

 ……せめて家でのことぐらいはするかと決めた。あと、他者からのそれは気にしないでおくことにする。


「私もしなくちゃって思ったよ」

「うん、ちょっとずつだけどなにもしないよりはいいかなって」

「うん」


 とにかく痛いから教室に戻ったら今日は梓が私の席に座っていた。

 どけとも言いづらいし、廊下はやっぱり人がいなくてひんやりとしているから戻りたくない。


「え、あ、え?」

「ごめん、ちょっと膝の上貸してて」

「いいの? 私、襲っちゃうよ?」

「後ろから抱きしめるぐらいだったらいいよ」


 躊躇なく実行された。

 前々から抱きしめたかったと本田はハイテンション。

 こちらは正直に言って温かくて快適だった。

 よく考えてみたらこの子だけが友達だからこれぐらいなんてことない。

 本命はあくまで茉奈なんだからこれ以上はされないしね。


「あんたは温かいね」

「生きていますからねっ」

「あんたみたいな子だったら苦労しないんだろうね」

「そういうわけでもないよ、人が来てくれるからっていいことばかりではないからね。こっちにその気はなくてもさ」

 

 あれから冷静に反応を見るようにした結果、中には良くない反応を見せているクラスメイトもいた。特に女子、森川や茉奈に文句を言うやつらがいる。自分の醜さを棚に上げてごちゃごちゃ言うのは私みたいだけど。

 卑怯なところは影でしか言えないことだ、文句を言いたいなら直接言えばいいものをそれをしないでコソコソとしている。そういう陰湿な部分が自分が求められない理由を作っているんじゃないかって指摘したい――というところまで考えて、自分に突き刺さって胸を痛めるという繰り返し。


「だから綾野ちゃんが羨ましいよ」

「あんた……酷いわね」

「馬鹿にしているわけじゃなくてさ。綾野ちゃんが私達を羨むように、こっちもって感じかな」


 だからそれを馬鹿にしているって言うんだけど。

 私は好き好んでひとりでいるわけじゃない。

 行動した結果だ、平凡さに気づけたという点では良かったが。


「できることなら代わりたいよ、そうすれば綾野ちゃんの望みも叶うかもしれないでしょ? 男の子と仲良くできるきっかけも多いし」

「ナチュラルに煽るな……」


 でもまあ、いいことばかりではないってことも最近分かったよ。

 とにかくこちらは嫌われないようにしようと決めた。




「はい、どうぞ」

「うん、ありがとう」


 放課後は何故か森川とふたりでいた。

 しかも学校ではなく、わざわざ海が見える場所で。

 海風というか全般的に風が冷たい、できることなら帰りたい。


「吉野さんも同性に興味があるんですか?」

「ないよ、そういう契約だっただけ」


 彼女は「そうですか」と口にし黙る。

 こういう話題を出してくるということは茉奈の可能性は0ではないということだろうか。そうなると逆に本田の可能性は0になるわけだけど。


「それならどう思いますか、同性同士の恋って」

「別に自由でしょ、気持ち悪いとかってことは思わないよ」


 寧ろそういう風に思われるかもしれないのに頑張れる本田や茉奈をすごいとすら思っている。自分がなにもできないからなおさら。


「私、多分茉奈さんに好かれていると思います」

「それで?」

「でも、勘違いかもしれないので動けずにいて、真人さんや梓さんに聞いてもらっているんですけど……」


 茉奈はあんたのことが好きなんて言えないしな……。

 結局無難な言い方をするしかできなかった。

 求められたら決めるのは森川だし、求めるのなら決めるのは茉奈だ。

 外野は君か相手次第だぐらいしか言えない。


「あんたも気持ち悪いとかは思ってないってことでしょ?」

「はい、実際にその想像通りだったら凄く嬉しいぐらいです」

「なら積極的に一緒にいてみるしかないでしょ」


 そうだ、こうやって動いてくれれば私が惨めな気持ちにならなくて済むからいい。


「あ、改めてそういうつもりでいようとすると……恥ずかしいです」


 は? こいつ学校外でぐらい素の顔を見せろっつの。

 私にそういう可愛いところを見せても無駄だから、なんでこいつって無意識にそういうことしちゃうの? 茉奈に気があるんなら他の人間と仲良くしていたら逆効果だぞ。


「よ、吉野さんはどうですか?」

「教室から逃げ出ているような人間によくそんなこと聞けるね」

「え、あの、真人さんや梓さんと……仲良さそうだったので」


 ああ、落ち着く、初めてこいつが煽ってくれて。

 おかしいよな、煽ってくれて嬉しいなんてさ。

 聖人なんかではなかった、やった、これだけは今日来て良かったと思えることだった。


「最近は全然話せていないんですけど」

「えっ、あれっ? そうでしたっ?」

「むかつく……」

「えぇ!?」


 その本気で慌てたようなところもむかつく。

 普通のときは柔らかい表情を浮かべているところも。

 あからさまにしゅんとして、「吉野さん?」と聞いてくるところも。


「森川……」

「ひゃっ、ご、ごめんなさいっ」

「はぁ、いいからあんたは橋口と仲良くしな」

「わ、分かりましたっ」


 いつまでもいたら寒いから帰ることにした。

 なんか心配になるから前を歩かせて私はその後ろを歩いていく。


「綾野、これはどういうつもり?」


 途中茉奈と遭遇して森川を託しておいた。

 どういうつもりとは私が聞きたいぐらいだった。


「そういえばあなた、なんで最近あのふたりと話してないの?」

「それはふたりから避けられているからでしょ」

「避けられてる? あなたがそうしているのではなくて?」


 いやだって席に座られたらどこかに行くしかないじゃん。

 突っ立っているのって嫌だし、数人でいると必ず他だけで盛り上がってしまうから。ちょっと嫌な気分になるぐらいなら教室から出て廊下にでもいた方がマシだろう。


「つかさ、あんた達の席が近いせいでこうなっているんですが」

「それは先生に言いなさい」


 早く席替えがしたい。

 窓際に移動したい、そうすればいちいち逃げずに済む、ふたりがまた近くになるとかそんな偶然はないだろうから。


「兄さんも梓も毎回あなたの席に座っているのよ?」

「それは丁度いいからでしょ」


 どちらとも横を向くだけで話せてしまうからだ。

 左には森川、右には茉奈ってどんな偶然だとよ言いたい。

 学年1位と学年2位が同じ教室にいるってことで男子君ははしゃぎまくりだし、なんなら女子の中にもそういう目で見ている子達がいる。本田とかがその一例だ。


「え、遠慮してみるのはやめたらどうでしょうか!」

「それができたら苦労してねえんだよっ」

「ひゃっ」

「はぁ。橋口、こいつなんか自然に煽ってくるんだけど」

「その通りじゃない、無駄なプライドなんか捨ててしまいなさい」


 森川と上手くいくなっ。

 本田は……残念だけど諦めるしかないだろうな。

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