第178話 卒業式

 道路を最新の注意を払って走行する。


 ここで事故になんてなったら、目も当てられない。


「ま、間に合うかな?」

「最悪、間に合わなくても良い。綾の安全が優先だ」

「うん、そうだよね……ふふ、懐かしいね。いつも、そうやって考えてくれる」

「まあ、気を落とすな。ルートは確認済みだ。というわけで、静かにしてろよ?」

「は、はぃ……」


 ギュッとしがみつかれるが……俺は全精神力を総動員して、運転に集中する。








 そして……学校の前に到着する。


「時間は!?」

「九時五十分!」

「よし! 先に行け!」

「うん! 着替えるね!」





 綾を下ろし、俺は真兄の駐輪場にバイクを置く。

 以前のように、前もって言っておいた。

 そして、俺が体育館に向かうと……。


「あと三分か……」

「冬馬!」


 体育館の扉が開いて、真兄が近づいてくる。


「真兄、ありがとう。何とか間に合ったよ」

「先に入るか?」

「いや、綾を待つよ」

「だが、始まってしまったら……来たか」


 通路を綾が駆けてくる。


「ハァ……ハァ……平気ですか?」

「挨拶は後だ。ほら、二人とも入れ」

「は、はい!」

「よし、行こうか」


 俺は綾と手を繋いで、体育館の中に入っていく。


「お、おい!?」

「あれって……」

「綾ちゃん!?」

「来るって本当だったんだ……」


 あちこちから、そんな声が聞こえてくる。


 そして……俺はそっと手を離す。


「「綾!」」

「二人とも! ……うぅー」


 黒野と森川と綾は抱き合って……すでに泣いている。


「おいおい、これからが本番だろうに」

「うるさいわね! わかってるし!」

「そうよ、全くこれだから男は」

「へいへい、悪かったな」

「むぅ……」


 なにやら、綾が膨れている。


「どうした?」

「だって……なんか、仲良くなってるから……私の知らない思い出とかあるんだよね」


(……意識はしていないが、そうかもしれない。仮にも、二年はいるわけで……)


「平気よ、綾。ただ単に、吉野に寄ってくる女を撃退してただけだから」

「そうそう。それに綾だって、これからいくらでも思い出は作れるじゃん!」

「二人とも……」

「そういうことだ。ほら、席につこうぜ」

「うん!」


 俺も自分の席に座り……すぐに卒業式が始まる。






 一人一人が名前を呼ばれ、前に出て行く。


 俺も特に感動することもなく、卒業証書授与が行われる。


(何というか……綾に会った時点で感動を使い果たした気がする)


 そんなことを考えながら、式は進んでいく。






 そして卒業式が終わり、教室に移動する。


「冬馬!」

「よかったな!」

「うんうん!」


 啓介と博とマサが、俺の背中を叩いてくる。


「痛えし。まあ、何とかな」

「冬馬君……改めてありがとうございます」

「綾、気にするな。結果的に、思い出に残る卒業式になったよ」

「えへへ、そうかも」


 すると、真兄が教室に入ってくる。


「ほらほら、さっさと席につけ。俺はこの後も仕事があるんだよ」

「兄さん、目が真っ赤で説得力がないわ」

「そうだよ、真兄。さっきまで号泣してたの誰だよ?」

「うるせい!」


 教室が笑いに包まれ……それぞれの席に座る。

 俺の隣はもちろん……綾である。


「ふふ、懐かしいね……あれ? 兄妹だって……」

「ああ、カミングアウトしたよ。俺との関係も……年が明けた辺りでな」

「そっかぁ……」


(……綾からしたら寂しい部分もあるだろうな)


「綾」

「なぁに?」

「大学に入ったら思い出作ろうな」

「冬馬君……うんっ!」


 そう……これから、いくらだって作っていけば良い。






 その後、卒業証書が手渡される。


「えー……まあ、なんだ……副担任から始まり、初めて担任を受け持って……何だかんだ二年を過ごしたわけだが……」

「頑張って! 真兄!」

「兄さん! ファイトよ!」

「だァァァ! うるせえ! ……でも、まあ……楽しかったぜ、お前達と過ごせてな。そして、このクラスの担任になれたこと、俺は生涯忘れることはない。もう会うことはないかもしれないが——元気でな」


 最後の言葉に、みんなが黙り込み……すすり泣き始める者が続出する。


「へっ……らしくねえな。おい、学級委員……挨拶の時間だ」


 俺は、その言葉に立ち上がる。


「お、おい? お前は違うだろうが……」

「いや、今日だけは俺だ……起立!」


 俺の声に全員が立ち上がる。


「真司先生! この二年間お世話になりました! 貴方という教師に出会えたこと! ぶっきらぼうなやり方ですが、生徒に寄り添う貴方と過ごせたことは私達の宝物です——本当にありがとうございました!」

『ありがとうございました!!!!』


 全員で感謝の気持ちを込めてお辞儀をする。


「……ばかやろが……そんなのはこっちのセリフだ……クソガキが……だが、ありがとよ……それじゃ——解散!」


 これにて、全てが終わった。

 こっからは、もう自由だ。

 あっさり帰る者、残って写真を撮る者、そわそわしている者など……。

 綾は久々にみんなに囲まれて、写真を撮っている。

 俺も博達と写真を撮ったり、真兄と撮ったり……。








 でも……それも、いつかは終わる。


 また一人、また一人と別れを告げて……教室から出て行く。


 一応、この後に打ち上げを予定しているが……。


 隣同士の席にて、俺と綾だけが残る。


「……終わったね」

「ああ、そうだな……」

「みんな、それぞれ前に進んでるんだね」

「綾だってそうだろ? 動画見たけど、外人と英語で話してたじゃんか」

「うん、一年しかなかったから……でも、最後に出れて良かった」

「うん?」

「これだけは、どうしても今日……高校生の制服を着て、思い出にしたかったから」


 そう言い、綾が俺を見つめてくる。


「冬馬君……今度は私から伝えます——私と結婚してください」


 その手には……婚姻届があった。


 しかも、綾と親父さんの名前が……俺が、以前預けてたものだ。


「まさか、逆プロポーズされるとは……はは……まいった……」

「えへへ、サプライズ成功……かな?」

「ああ……でも、嬉しいよ。綾、これからも——ずっと一緒いよう」

「うんっ! もう離れないんだから!」


 そう言い、綾が抱きついてくる。

 俺は我慢できずに、キスをしようとすると……。


『おめでとう!!!!!!』

「「うわっ!?」」


 わらわらと教室に人が入ってくる。


「綾! 良かったね!」

「吉野! よく言った!」

「ふえっ!? なんで!?」


 綾は女子に囲まれ……。


「くぅー! 羨ましいぜ!」

「いやー良い場面を見れたよ」

「冬馬君! カッコいいよ!」

「やめろォォォ!!!」


 俺は男子達にからかわれる。


(どうやら、俺たちに気を使ったらしい……)


 でも……良い奴らだよな。


 綾と出会えたことはもちろん……。


 こいつらとも出会えて良かった……。


 みんな、ありがとう。

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