第174話 最後の日~前編~

 ……いよいよ、やってきちまったか。


 三月の九日の日曜の朝が……。


 ——俺と綾の最後のデート日だ。







 朝早くに出かけ、待ち合わせの駅前に向かう。


「あっ! 冬馬君!」

「おう、綾……なんか、不思議だな」

「えへへ、そうだね。でも、これで最後だから」

「まあ……もう着る機会もないしなぁ」


 休日の日曜だが、俺たちの格好は学生服だった。

 海外の学校は私服なので、卒業式を除けば……今日が制服を着る最後の日になる。


「セーラー服も見納めかぁ……名残惜しいもんだな」

「ふふ、冬馬君おじさんみたいなこと言ってるよ?」

「ほっとけ。男にとっては一種の憧れなんだよ」

「女子だってそうだよ? 学ランカッコいいもん」


 そんなふうに、俺達はいつものようにたわいない話をする。

 それが二人で決めたことだからだ。

 悲しくないはずはないけど、それでも前を向いて行こうと……。





 さて……本日のデートコースは決まっている。

 二人で相談した結果、挨拶回りをすることにした。

 まずは、矢倉書店へ行く。


「善二さん、弥生さん」

「ああ、嬢ちゃんに冬馬か」

「いらっしゃい、二人共。ほら、上がってくださいな」


 店が始まる前に、少しだけお時間を頂いたので……。

 こうして、朝一番にやってきたわけだ。


「それで、引っ越しはどうですか?」

「それがねぇ……お父さんが同居は嫌だって言うのよ」

「俺は一人で平気だ。お前は、相手のお袋さんのことを気にかけてやれ」

「もう、こればっかりよ」


 真兄は今年中に一軒家を買って、自分達夫婦、お袋さんと黒野、そして善二さんと暮らそうとしている。

 家族がバラバラな期間が長いし、お互いに寂しさを知っているからこその提案だと思う。


「善二さん、いつまで一緒に居られるかわからないんですから。居れるうちはいた方がいいですよ?」

「そうですよ!」

「お前達二人に言われると痛いな……仕方がない、考えてみるとしよう」

「ふふ……ありがとう、二人共」





 その後、たわいない話をして……最後の挨拶をする。


「じゃあ、綾ちゃん……私とお父さんはこの本屋を続けるつもりだから、また帰ってきたらよろしくね?」

「ふん、好きにするといい」

「はいっ! ありがとうございました!」

「では、これで失礼します」







 二人に別れを告げたら……移動をして、俺のバイト先に向かう。


「お疲れ様です」

「お、おはようございます」

「やあ、二人共」

「きたか」


 昼時前なので、二人共休憩室にいてくれた。


「あの、色々とお世話になりました!」

「ううん、こっちのセリフだよ。冬馬君ってば、綾ちゃんのためにバイトを入れるって張り切って……」

「店長」

「あわわっ!? ご、ごめん!」

「冬馬君?」


(……まあ、この人のポンコツぶりは想定内だしな)


「いや、受験もあるから今のうちに働こうと思ってな」

「そうだよね、いつまでやるの?」

「まあ、出来ればギリギリまでやりたいかな。夏あたりまでかも」


(ふぅ……どうやら、誤魔化せたようだ)


 その後、表から店に入り、ついでに昼食を食べていく。


「ご馳走さまでした」

「ご馳走さまでした!」

「あいよ、また来な」

「うんうん、待ってるからね!」

「ありがとうございます!」






 二人に別れを告げて、次の場所に向かう。


「ただいまー」

「いらっしゃい、冬馬君」

「にいちゃん!」

「こんにちは、玲奈さん。誠也もな」


 綾の家にいき、リビングのテーブルに座る。

 一応挨拶は済ませているが、最後にもう一回だけきたというわけだ。


「どうですか? 準備の方は?」

「ええ、平気よ。本当に、お世話になったわね」

「いえいえ、お世話になったのは俺の方ですから」

「にいちゃん! 色々とありがとう! 僕、にいちゃんのおかげで強くなれたから! あっちでも、頑張るよ!」

「おっ、そうか。じゃあ、次会った時を楽しみにしてるからな」

「うんっ! にいちゃんの代わりにお姉ちゃんも守るから安心して!」

「それは心強いな」

「ふふ、誠也ったら……」






 その後挨拶をして……。


 カラオケ、ゲーセンなどをして遊び……。


 夕方頃にお茶をして、喫茶店のマスターに挨拶をする。


「マスター、どうもお世話になりました」

「いえいえ、また是非いらしてくださいね」

「はい、また来ますね」


 あっさりした挨拶が終わり、綾が店から出ると……。

 マスターが、俺に耳打ちをしてくる。


「冬馬君」

「はい?」

「頑張るんですよ?」

「……はい」


(相変わらず、鋭いと言うか……何も言ってないのに)


 綾の後を追って、俺も店を出る。


「じゃあ、歩こうか?」

「うんっ!」


 手を繋いで、薄暗い路地を歩いていく。


「懐かしいね……ここから始まったんだね」

「ああ、そうだな」


 ここで、綾を助けなかったら……出会わなければ……。

 一体、どうなっていたんだろうな……もしかしたら、形は違ったのかもしれない。


「あの時、ヒーローが現れたと思ったの……考えると心臓が破裂しそうになって……感じたことのない熱が溢れてきて……ああ、これが恋なんだって気づいたの」

「そうか……俺は、最初はめんどくさいと思っていたな」

「ふふ、そうだったよね。私、必死で頑張ったんだよ?」

「悪かったよ……ありがとう、綾。俺を見つけてくれて……俺の人生を変えてくれて……」

「ううん、そんなことないよ。それは私の台詞だもん」

「いや、綾がいなければ……だから、今度は俺が頑張る番だ」


(今、ひと気はない……ここしかないか——二人が出会ったこの場所で)


 俺はポケットからあるものを取り出して、綾の正面に立つ。


「冬馬君……?」

「綾、帰ってきたら——俺と結婚してほしい」


 俺は膝をつき、小さな箱を差し出す。


 ……あとは、綾の答えを待つだけだ。

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