第175話 最後の日〜後編~

 ~綾視点~


 ……今日が最後だね。


 鏡の前で、私は今日の準備をする。


「髪型は……出会った頃のように下ろしておこうかな?」


(あっという間だったなぁ……この約一年)


 五月に知り合って……そこから徐々に変化して……。

 どうにかして近づけないかって……日々悩んで……。

 ようやく付き合えて幸せだなって思ったら……違う悩みが出てきたり。


「メイクは、冬馬君は濃いのが好かないと思うから……これでよし」


 軽めに済ませて、制服に着替える。


(これを着るのも、実質もう最後かぁ……この格好でも色々なことがあったね)


 初めての制服デートをしたり、学校帰りにゲームセンター行ったり、カラオケだって……あ、あんなこともしたり……。


「結局、冬馬君はあれから何もしてこないけど……あぅぅ」


(したいわけじゃないけど、興味はあるといいますか……複雑な乙女心です)


「か、帰ってきたら覚悟しとけって言ってた……」


(な、何されちゃうんだろう? いや、わかってるんだけど……他にもすごいことされちゃうのかな? 加奈や愛子には、きっと獣みたいになるよって言われたけど……はぅぅ)


「冬馬君と付き合ってから少し太っちゃったし……見られても恥ずかしくないようにしとかないとだね……な、何言ってんるだろう?」

「お姉ちゃん、ぶつぶつ何言ってるの?」

「せ、誠也!? ノックしてよ!」

「したよ? あと、遅刻しちゃうよ?」

「へっ? ……あっ——何で!?」


 いつの間にか、待ち合わせ時間が迫っていました!


「誠也! 行ってくるね!」

「はいはい、待ってるね」







 ま、間に合ったぁ……逆に急ぎすぎて、少し早くきちゃった。


「か、髪を直さないと……最後のデートなんだから、可愛いって思われたいもん」


 手鏡で髪を直して、少しすると……冬馬君が歩いてきます。


(かっこいいなぁ……背筋がピンと伸びてて……精悍な顔つきなんだけど……私を見つけるとクシャって感じで笑うの……ほら)


「待ったか?」

「ううん!」


(本人には言わないけど、私だけに見せる顔なんだよね……この顔が好き……身体がふわふわして……胸がぎゅーってなるから)







 楽しい時間は、あっという間に過ぎていく……。


 お世話になったみんなに、挨拶回りをしたり……。


 思い出の場所や、楽しかった遊びなんかしたり……。


 そして……出会った路地裏で、2人とも黙って歩く。


(ここで、会ったよね。怖くて、どうしようもなくて……そんな時、いつも冬馬君が助けてくれた……私はいつからか、それに甘えきってしまった)


 だから、強くなろうと思った。

 大好きな彼の横に立てるように。

 ずっと、一緒にいたいから。








 だから、今日だって……泣かないって決めてたのに。











 ◇◇◇◇



 ……ん? 返事がないな。


 勇気を出して、俺が顔を上げると……。


「ひ……ひくっ……あぐ……」


 綾の目からは——大粒の涙が溢れていた。


「あ、綾……」

「あぅあぅ……ご、ごめんなざいぃ……泣かないって決めてたのにぃ……」

「そうか」

「で、でも……嬉しすぎて……止まらなくて……」


 俺は予定変更して、立ち上がり……優しく抱きしめる。


「泣いて良いんだよ。そうか、ずっと気を張っていたのか……俺に心配かけないために」


(俺は馬鹿か……ここに残る俺より、綾のが寂しいに決まっているじゃないか)


「う、ううん……そうだけど、違うの。私が、これからも冬馬君といたいから……」

「馬鹿だなぁ……良いんだよ、強くなくたって。そりゃ、負んぶに抱っこじゃいけないと思うけど……夫婦って助け合うものだろ? 弱みを見せたっていいんだ」

「と、冬馬君……」


 俺は綾の涙を拭い……正面から見つめる。


「もう一度言う——帰ってきたら、俺と結婚してくれますか?」

「……はいっ!」


 そう言って、ようやく笑ってくれる。


(そうだ……俺はこの顔が見たいから頑張れるんだ……とろけるように笑う顔は、俺だけが知っているから)


「あ、開けてもいい?」

「ああ、もちろん」

「……ふぁ……綺麗」


 綾は指輪を見て感動している様子だ……良かった。


「はぁ〜! 良かったぁ!」

「ふえっ!?」

「あっ——すまん、驚かせたな」

「う、うん……どうしたの?」

「いや、振られたらどうしようとか、受け取ってもらえるかとか……」

「……私、冬馬君のこと好きだよ?」

「お、おう……」


(改めて言われると照れるよなぁ……)


「ふふ、その感じも好き!」

「御勘弁を……いや、緊張するんだよ」

「冬馬君でも?」

「そりゃ、もちろん。俺なんか、ただの高校生だよ」

「ふふ、そうだったね……つけてもらってもいい?」

「あ、ああ……」


 綾の柔らかく小さい手をとり……左手の薬指に指輪をはめる。


「うわぁ……もしかして、このためにバイトを?」

「あ、ああ……そんなに高いものじゃないが……」

「そんなことないよ——すっごく嬉しい!」

「そ、そうか……」

「でも、帰ってきてからじゃダメだったの?」

「いや、それも考えたんだが……」


(ど、どうする? ……いや、さっき言ったじゃないか。夫婦っていうのは、時に弱みを見せていいんだって……)


「お」

「お?」

「お、男避けになるかと思って……可愛い彼女を持つと……彼氏は大変なんだよ」

「ふえっ〜!? そ、そ、そうなんだ……えへへ、嬉しいね」


(……なんだ、この可愛い生き物は?)


「綾」

「ん?」


 俺は綾の両手を握り——思いきり口づけをする。


「んっ……ぁっ……」

「……続きは、来年だな。いいか、覚悟しとけよ?」

「ふぁ……は、はぃ……」


 この俺だけが知ってる顔を、目に焼き付けておく。


綾、元気でな……俺も、お前に相応しい男になれるように頑張るよ。












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