第172話 結婚式 ~前編~

 綾との数少ない時間をのんびりと過ごしたいが……。


 こればかりは仕方がない。


 なんだかんだいっても、学生の本分は勉強な訳で……。


 ここで成績が悪いと、これからの受験にも響くし……。


 何より、綾の親父さんに心象が悪くなってしまう。


 というわけで、バレンタインデー後は勉強漬けの日々である。








 そして、無事試験も終われば……もう三月になってしまう。


 結果を受け取った、その帰り道……。


「終わったぁ……」

「お疲れさん」

「冬馬君こそ……終わったね」

「ああ、終わったな」

「終わっちゃったね……」

「「………」」


 気まずい訳でもないし、覚悟は出来ていたはずだが……。

 どうにも、別れが近いことを実感してしまう。

 寒さもおさまってきて……これから春になるというのに。

 別れを考えるだけで……とてつもない寒気に襲われた気分になる。


「桜……見たかったね」

「そういや、一緒に見たことないか。じゃあ、帰ってきたら花見でもするか?」

「冬馬君……うん! そうしよ!」

「おう。さて、いよいよ明日だな」

「ふふ、そうだね。私のために、本当に有難いね」


 三月に入ったということで、明日は真兄と弥生さんの結婚式がある。

 綾の出立前に合わせてくれた……本当に感謝しかないな。

 あと、一週間で綾は……もうやめるか。

 別に悲しい別れではないし、これからの未来のための時間なのだから。








 翌日、駅で待ち合わせをして……式会場へ向かう。

 こういう時、制服は楽で良いよな。

 学生は制服で参加って感じらしいし。


「うわぁ……初めてきたぁ……」


 白いチャペルを見て、綾が感激している。


「なるほど……綾的には、こっちの方がいいと」

「ふえっ!?」

「うん? ……もしかして、声に出てたか?」

「は、はぃ……」


(心の中で言ったつもりが……つい、出てしまったか。この際だ、勢いで聞いてしまうか)


「うむ……どっちが良い?」

「へっ?」

「その、あれだ……和風か洋風とかあるだろ?」

「え、えっと……どっちでも素敵です。冬馬君とできるなら……それだけで良いもん」

「そ、そうか……」

「冬馬君は?」


(……ウエディングドレスか、着物かということか。どっちも捨て難いが……)


「お互いに、何となく和装が似合うと思う」

「ふふ、冬馬君なんかは特に似合いそう」

「いやいや、綾の方が……」


 すると……。


「あらあら、こんなところにバカップルがいるわ」

「全くだね」


 振り返ると、二人がいた。


「おう、博か」

「加奈! おめでとう!」

「ふふ、ありがとう……あの兄さんが結婚かぁ……何だか、不思議な気分ね」

「全くだ……あの真兄がねぇ……」


 俺と黒野が顔を合わせてしみじみしていると……。


「清水さん」

「なに? 中野君」

「なんか、兄妹みたいだよね……あの二人って」

「ふふ、そうかも。両方、真司先生の弟と妹だもんね」

「じゃあ、私が姉ね」「俺が兄か」

「「………」」


 二人当時に言葉を発し、顔を合わせて黙り込む。


「ははっ!」

「もう〜! 二人ともおかしいよぉ〜!」

「これは、後で話し合う必要がありそうだな」

「ええ、そうね」





 ひとまず保留にして、会場入りをする。


 本当に身内だけの結婚式なので、限られた人数しかいない。


 しかも、どうやら俺達は早すぎたらしい。


 なので、談笑して待つことにする。





 そして、綾と博がトイレに行ったので、黒野と話していると……。

 こちらに、見かけない女性が挨拶に来る。

 すこし歳をめしているが、すらっとした綺麗な方だ。


「あのぅ……貴方が、冬馬君かしら?」

「は、はい、そうですが……」

「お母さんよ」


(……なるほど、この方が)


「お初目にかかります。吉野冬馬と申します。真司さんには、大変お世話になっております」

「まあまあ、噂通りしっかりした男の子ね……貴方には、是非お礼が言いたかったの」

「えっ?」

「あの子が言ったんです……私を許しはしないって」

「……そうですか」

「でも……もう恨みもしないって。それは、貴方のおかげだって……自分を慕ってる貴方が、前に進んでいるのに……その自分がカッコ悪いところは見せられないって………貴方のことを、自慢の弟分ですって」

「いえ、俺はなにもしていませんよ。真兄は、元々良い男ですから。今も昔も、俺の憧れの男です」


(そうだ……俺だってそうだ。真兄が、俺を自慢の弟分と思ってくれるから……俺も、そうでありたいと思うんだ)


「……ありがとうございます……うぅ……私は何もしてあげられませんでしたが……あの子は良い出会いに巡りあえたのですね……あの人たちのように」

「お母さん……ほら、洗面所いこ。せっかくの結婚式なんだから」

「そ、そうね……すみません、失礼します」

「いえ、また後でお話しできたらと思います」


 黒野はお母さんを連れて、部屋を出て行く。


「そういや……あの人達のように?」

「よう!」

「やあ、冬馬」

「蓮二さん! 淳さん!」


 入れ替わりで、真兄の親友がやってくる。


「おう、色々と大変だったみたいだな?」

「偉いね、冬馬」

「いえ……未だに悩んでばかりですよ」

「ははっ! それで良いんだよ」

「うんうん、俺たちだって似たようなものだよ」

「結婚かぁ……考えるよな」

「身近な人がするとそうですよね」


 俺は久々に会う二人に、色々な話を聞いてもらう。


 そう……この人たちだって、俺の兄貴分なのだから。

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