第169話 バレンタイン~前編~

 二年生の一大イベントである修学旅行が終わった。


 これで、あとは四月になるまで何もないかと思っていたが……。


 俺は、そういえばそんなものもあったなと思っていた。





「お兄! はい!」

「おお、ありがとな」

「お、お父さんには!?」

「はいはい、ありますよー」

「うぉぉぉ!! このために一年間頑張ってきたんだ!」

「もう、大袈裟だよー。たかだかチョコレート一つで……」

「バカいうな! お父さんの年に一度の一大イベントだぞ!?」

「えぇ〜めんどくさいなぁ」

「まあ、そう言ってやるなよ。ほら、親父遅刻するぜ」

「そ、そうだった! 俺の昼飯はこれで決まりだ!」

「ちょっと!? お父さん!?」


 親父はテンションマックスで家から飛び出していった。

 そう、本日はバレンタインデーというやつである。

 俺は正直言って、あまりピンときていない行事だった。

 なにせ、生まれてこのかた飛鳥と小百合からしか貰ったことがないし。


(……まあ、今年はもらえると思うけど)


 俺も準備を済ませ、家を出ようとすると……。


「お、お兄!」

「あん?」

「こ、これ……渡しておいてくれる?」


 その手には、気合のこもったラッピングされたものが……。


「……啓介にか?」

「う、うん……直接渡すのは恥ずかしいし……」


(妹が見たこと無い顔しとる! 親父には見せられんな……死んでしまう)


「そ、そうか……どうなってんだ?」

「……何も聞いてないの?」

「ああ、そういうのは良くないと思うからな。本人が話したいなら別だが」

「えへへ、お兄らしいね」

「あとは、啓介のことは信用しているからな。弄ぶような真似はしないだろうと。というか、そういうタイプでもないし」

「うん、そう思う。と言っても、何も進展というか……何もないんだけどね」

「ふーん……俺でよければ協力するが?」

「えっ!? お、お兄が? シスコンの?」

「まあ、可愛い妹に違いないが……何処かのチャラ男よりかは、あいつの方が数倍良いからな。親父も、きっとそう思うさ」

「い、言わないでよ!?」

「いうかよ。死人が出るぞ……俺は友達を失いたくない」

「わ、笑えないよね……」


(その場合は……俺が止めるしかあるまいな)


「まあ、とりあえず渡せば良いんだな?」

「う、うん……あと……ラインで感想くださいって言っといて!」

「わかった。送らなかったら、俺がぶん殴ると言っておく」

「ダメだよ!?」

「ククク、では行ってくる。啓介、覚悟するが良い」

「だ、大丈夫かなぁ?」


 俺は覚悟を決めて、学校へ向かうのだった。








 その道中にて、いつも通り綾と合流する。


「お、おはよ」

「おう、おはよ」

「あ、暑いね」

「いや、寒くね?」

「あ、あれ、おかしいなぁ……」


 手でパタパタと自分を仰いでいる。

 その頬は赤みを帯びていて、色気すら感じる。


(この顔にさせているのは俺だという優越感があるな……)





 そして、電車を降りて……。


 学校へ歩いているタイミングで……。


「と、冬馬君!」

「お、おう」

「こ、これ……バレンタインのチョコです! 受け取ってください!」


 両手で箱を持って、それを突き出してくる。

 その顔は恥ずかしそうで……俺の胸が熱くなる。


「は、はい!」


 俺は感じたこと無い感情に戸惑いつつも、それを宝物のように受け取る。


(誰だよ、さっきまで気にしてないとか言ってたやつは……こんなに嬉しいものだなんて知らなかったぜ……)


「えへへ〜良かった」

「うん?」

「だって、誕生日プレゼントはあげられないから……」

「綾……」

「だから、バレンタインくらいはあげたかったの」

「誕生日か……そうだな、俺は四月だからな」


 綾の出立は三月の十日……つまり、旅立ちまであと一ヶ月もない。


「もっと早く気づいてたらなぁ……一年の時とかに」

「どうだろうな?」

「えっ?」

「その場合、色々と違ったんじゃないか?」

「どういうこと?」

「最終的に綾とは付き合ったかもしれないが……友達関係や、真兄とか、弥生さんとか……そういったものを含めての出会いじゃないのか?」

「……そうだね。うん、そうだよね」

「あのタイミングだからこそ、今こうしているかもしれない」

「うん、きっとそうなんだよね」


(ふむ……綾はプレゼントを渡せないことや、祝えないことを気にしているのか)


「じゃあ、予約でもしとくか」

「ふえっ?」

「誕生日プレゼントは綾をもらうことにする」

「……えぇ〜!? そ、それって……」

「ああ、そういうことだな。だから、気にしなくて良い。それを楽しみに頑張るとするさ」

「あぅぅ……楽しみにされちゃった……」

「あっ、言っておくが無理強いはしないからな?」

「……へ、平気……冬馬君ならいいもん……何されても」

「ゴフッ!?」


(……恐ろしいカウンターを食らってしまった……思わず崩れ落ちるほどの)


「へ、平気?」

「お、おう……相変わらず恐ろしい奴め……」

「よくわかんないけど……えへへ、やったね」

「全く、綾には敵わないよ」

「冬馬君は、私にメロメロですもんねー?」

「……まあな」


 こんなやりとりも、あと一ヶ月後には……いや、それはいうまい。


 その笑顔を見て思う——今は、この目に焼き付けておこうと。



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