第122話文化祭1日目~その5~

 ……留学……過去形か。


 色々と気にはなるが、まずはこれか。


「なんで過去形なんだ?」


「えっと……まずは、私にも夢がありまして……」


「ほう? 初耳だな……いや、まだ知り合ってからそんなに経ってないからそういうこともあるか」


 付き合うことに一杯一杯で、こういった話はしてなかったしな。


「私は英語が好きだから、それを生かせる仕事に就きたいって思ってて……」


「そういや、元々英語は学年トップだもんな。俺に教えるのも上手かったし」


「ホント!? えへへ、嬉しい。好きな人にそう言ってもらえて……」


「お、おう」


「ふふ……冬馬君も教えるの上手だったよ?」


「……ありがとな、俺も嬉しいよ。それこそ教師になるには必要になってくるし」


「そうだよね……えっと、それで……その為には留学をした方がいいかなって……」


「本場の発音は違うって言うもんな」


「もちろん、英会話スクールとか行っても良いんだけど……お父さんについていくか迷ったって言ったよね?」


「ああ、聞いたな」


「その時に、うちの学校に留学システムがあることを知って……」


「ああ……そういや、そんな説明も受けたな。確か……校長と、その他三人の先生の推薦がいるんだよな?」


「うん……それで、その学校のあるところが、お父さんの赴任先にあったの」


「なるほど、それなら色々と安心ではあるな」


「うん、お父さんも一年の予定だったし。一年の留学を希望してもいいかなって思ったんだけど……」


「なんでそうならなかったんだ?綾なら優秀な成績だし、校長推薦と教師からの推薦も取れただろう?」


「うん、それは問題なかったんだけど……お母さんはこっちで事務所があるし、幼い誠也がいたから。お父さんの話が急だったこともあって、お母さんも仕事の調整が出来なかったみたい」


「そうなると誠也がひとりぼっちになるか……それは可愛そうだな」


「かといってお母さんをおいて、誠也も連れていくとなると……大変だし」


「なるほどな……大体は理解できた。でも、なんで今それを?」


「うん……でも、実は他にも留学したい理由があって……」


 俺は黙って先を促す。


「……逃げたかったの……毎日見知らぬ人に声をかけられて……学校でも傷つけたくないのに、告白を断らないといけないし……ここではない何処かに行きたかったんだと思う」


「それは……」


「それをお母さんに見抜かれちゃって……なぜ、悪くない綾が逃げなくちゃいけないの?貴女は悪くないんだから堂々としてなさいって……」


「さすがだな……人のことを見抜く仕事だもんな」


「うん、びっくりした。結構真剣に言ってたし、嘘をついてるつもりもなかったから。でも、言われて気づいたの……自分を誤魔化してるって……」


「そうか……それで、過去形ということか」


「でも、愛子や加奈がいたこともあって何とか踏みとどまったの。結果的には、それで良かった……冬馬君——貴方に会えたから……」


「綾……」


「お母さんに感謝しなきゃ……でなかったら、こんなステキな気持ちを知ることなく……この先を過ごしていたかもしれないから……」


「俺も感謝しなきゃな。綾と出逢ってない自分か……もう、想像もつかない」


「えへへ……私も」


 そうか……当たり前のことだけど、まだまだ知らないことが沢山あるんだろうな。

 もちろん、俺のことも含めてお互いに。


「綾……それで——


「え……?」


「もう、人目を気にすることも減ってきただろう?もちろん、例のストーカーの件もあるが……それでも、前よりは平気だろう?」


「う、うん……冬馬君がいるから……ど、どうなんだろ?」


「英語関係の仕事に就きたいっていうのは、変わってないんだよな?」


「うん、それは変わってないかな。ただ、漠然としてるけど……」


「まあ、みんなそんなもんだろ。この時点で将来を決めている奴なんて一握りしかいないさ。とりあえず、大学には行くのか?」


「そうだよね。うーん、そのつもりかな。外人の先生がいる英文科とかに入ることになるかな?」


「受験に関しては心配はないというか……推薦でいけそうだな」


「多分、そうなると思う。冬馬君は?」


「俺は本気を出したのが遅かったからな……普通に考えて受験勉強するんじゃないか?」


「そっかぁ……」


「おい?言っておくが……一緒に受験勉強したいとか言うなよ?」


「ぅ……あ、憧れがあったんだもん」


「それは、綾が頑張って積み重ねてきたことだ。ただサボっていただけの俺に合わせてはいけない。わかったな?」


「はーい……」


「あと、もう一つ言っておく」


「なにかな?」


「もしやりたいこと、したいことがあるなら……俺のことは気にするな、そして考慮することもない。俺はこの先も、綾といるつもりだ。少しくらい離れたところで、俺の気持ちが変わることはない」


「冬馬君……?」


「いや、大学は一緒!とか言いそうだからな」


「そんなこと……言いそう、私……」


「それで、綾の将来が狭くなったら……俺が辛い」


「冬馬君……うん! わかった! 約束するね!」


「ああ、そうしてくれると助かる」


 中々こういう機会がなかったが、たまには良いかもな。


 文化祭の騒がしくも心地よい声を聞きながら、俺たちは貴重な時間を過ごすのだった、



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