第2話崩れゆく冬馬君の平穏な休日

 俺は意気揚々と自転車を漕ぎ、駅前の本屋に到着した。


「時間は……お、一分前か。うん、無駄のない良い時間だ」


 すると、すぐにシャッターの音が聞こえる。


 だが、慌ててはいけない。


 まずは、本屋の店主に挨拶をせねば。


 この方のおかげで、俺は時間を無駄にすることなく買えるのだから。


 本屋はそこそこあるのだか、ラノベの品揃えが悪かったり、開くのが12時とかの本屋が多いのだ。


 だが、この矢倉書店はラノベの品揃えも豊富で、10時に開く唯一の本屋なのだ。


「矢倉さん、おはようございます。今日も、朝からご苦労様です」


「あれ?冬馬君?おはよう……ああ、そんな時期か。ごめんね、ちょっと待っててな」


 店主の名は矢倉弥生さん。

 25歳の容姿の整った人だ。

 通称、人妻の弥生という通り名がある。

 結婚はしていないが、溢れでる色気と包容力で、そう呼ばれている。


「いえ、ゆっくりで大丈夫です。こちらこそ、開店前に到着して申し訳ないです」


「ふふ、相変わらず礼儀正しい子やね。ありがとう、じゃあそうさせてもらうね」


 母方が京都出身だからか、たまに方言がでるらしい。

 それがまた、人気に火をつけるということだな。


「はい、これでよし。いらっしゃいませ、冬馬君、どうぞー」


「はい、失礼します」


 俺は中に入り、目的のラノベと数冊の新しい作品を手に取り、会計に向かう。


 この数冊の新しい作品は、ラノベ業界に少しでも貢献できるように購入している。


 それに、たまに予期せぬ良作に出会うこともあるから、それもまた良し。


 ……もちろん、見るに耐えない物もたまにあるがな……だが、それは好みの問題もある。


「では、これでお願いします」


「はいはーい。えっと、4点で3028円ですね」


「では、3028円丁度でお願いします」


「はい、お預かりします。……はい、確かに。ふふ、今日はどうするの?」


「そうですね……今日の気分は、喫茶店アイルに行こうかと」


「あらー良いわね。では、またのご来店をお待ちしてますね」


「ええ、またきますね。では、失礼します」


 俺は店を出て自転車に乗り、目的地に向かう。

 今から行くのは、喫茶店アイル。

 俺の行きつけの憩いの場だ。

 俺はお気に入りラノベが発売したら、大体はそこで過ごしている。

 駅から少し離れるが、人通りも少なく、お客も上品な方が多く、良い店だ。


「よし、着いた。さあ、待ちに待った時間の始まりだ!」


 俺はご機嫌で、店に入店する。


 そこには背筋がピシッと伸び、白髪をオールバックにした、初老の男性がいた。


 この店のマスターである。名前は知らない。


「いらっしゃいませ。おや?冬馬君でしたか。ということは……?」


「マスター、おはようございます。ええ、お気に入りが発売しました」


「それは良かったですな。では、いつもの席空いてますから、どうぞ」


「お、それは良いですね。ますます良い日になりそうです。では、失礼します」


 俺は、お気に入りの奥端の方の席に座る。


 ここなら、静かに読める。


 ただ、人気の席なので、空いているかは運次第だ。


 ふふふ……今日は運勢も良かったからな。


 早速、効果があったようだ。


 あまりに良い日過ぎて、怖いくらいだ。


 俺はラノベを取り出して、読み始める。


 俺のお気に入りは、所謂異世界ファンタジーというやつだ。


 こういった架空の物語が好きだ。


 この世の中は、どうにもならないことが多い。


 でも、この架空の世界はどんな理不尽なことも跳ね返す。


 俺はそんな物語が好きだ。


 そして、一区切りついたことろで、マスターがやってくる。


 相変わらず、絶妙なタイミングだ。


 丁度、糖分を摂取したかったところだ。


「冬馬君、どうぞ。いつものカフェオレですよ」


「ありがとう、マスター。相変わらず、良いタイミングだよ」


「ふふ、有馬君とも付き合いが長くなってきましたからね。初めて来た時は、びっくりしました。13~14歳の男の子が、こんな場所に1人でくるものですから」


 丁度母さんが死んでしばらく経って、あちこちうろついていたときだな……。

 家にいると、母さんの匂いが残ってる気がして……。

 でも実際にはいないから、家にいたくなかったんだよな……。

 俺が、荒れに荒れていた時でもあるな……黒歴史だ……。


「その節は、お世話になりました。あんな生意気なクソガキに、対等に接してくれて……」


「いえいえ、それが年配者の役目ですから。では、ごゆっくりどうぞ」


 相変わらず、去り際のタイミングも見事だ……カッコいいよな。

 俺も、あのような大人になりたいものだ。

 俺はカフェオレを飲みながら、そんなことを思った。


 その後も読み進め、一気に終わりまで読んだ。


「ふぅ……今回の巻も買って良かったな。理不尽に立ち向かう主人公が良いよな。現実では、中々難しいことだからな……」


 その後お昼ご飯も頂き、デザートや紅茶を頼み、過ごしていく。

 俺は一杯の飲み物で粘るような、小さい男にはなりたくないからな。

 素晴らしい時間には、それなりの対価を払う必要があると思うし。

 ……ただ、バイト増やさないとな。


 その間に、新しいラノベも読んでみる。

 結果から言うと、中々だった。

 少なくとも、最後まで読むことが出来た。


 そして、日が暮れてくる……ふむ、満足のいく休日を過ごすことができたな。

 時計を見てみると、18時になっていた。

 よし、そろそろ帰ろう。

 妹が、ご飯作って待っているだろうしな。


「マスター、お会計をお願いします。いつも長居して申し訳ない」


「いえいえ、冬馬君ならいつでも大歓迎ですよ。最近の若者には珍しく、礼儀正しい子ですから。きちんと、注文もしてくれますしね」


「まあ、母さんの言いつけですから。礼儀正しく、話しかけられたら挨拶だけはきちんとしなさいって」


 だからぼっちでいるためには、そもそも話しかけられない存在になることが重要。

 これなら、言いつけを破ったことにはならない……ならないよね?


「良いお母さんですね。では、またのご来店をお待ちしてます」


「ありがとうございます。はい、また来ますね」


 俺は店を出て、自転車を引きながら、人通りの少ない道を歩き出す。


 理由は簡単だ。


 素晴らしい物語を読み、素晴らしい時間を過ごした余韻に浸るためだ。


 この帰り道が、ある意味一番幸せな時間かもしれない……。


「や、やめてください!人呼びますよ!?」


「おいおい、こんな所に1人でいるってことはそういうことだろ?」


「へへ、そうだぜ。ここはそういう場所だぜ。ていうか、めちゃくちゃ可愛いな」


 ……はぁ、テンプレのような会話だな。

 しかし、助けないという選択肢はないしな……。

 いい、冬馬。誰かが困っていたら助けてあげなさい……と言われたからな。

 だから、そういう場面に出くわさなければ良かったのだが……。

 やはり、人生はそう甘くはないか。


 俺は平穏な休日が崩れ去るのを感じつつ、声のする方へ向かう。


 やれやれ、久々だから鈍ってないといいが……。
















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