12 Love, 荷述市小

 ひとつだけ、たしかなことは。


 彼が、いま、目の前にいるということ。それだけ。


 それだけでいい。


 きっと、わたしには、昔の10年間ぐらいの記憶がないから。


 神様が、おまけしてくれたんだ。


 彼に、10年分ぐらい、身体があってもいいって。神様は思ったのかもしれない。


 彼。


 コンビニスイーツの袋と格闘している。


「貸してください」


 袋を開けて。彼の目の前に置く。


「あれ。これ。おにぎり?」


「サブレおにぎりです」


「え。うそ。それは、ええと。食べ物ですか?」


「どうぞ」


 彼。唐突に出てきたサブレおにぎりに困惑している。匂いを確認してる。


 意を決して。


 彼が。おにぎりに。かぶりつく。


「あ、あれ。うそだ。おいしい」


「でしょ?」


 目の前に彼がいるのなら。それでいい。たとえ、それがわずかな時間だったとしても。ありがとう神様。


 彼に触れようとして。


 あわてて手を引っ込めた。


 いけないいけない。彼には記憶がないのだから。


 もういちど、最初から。仲良くならなくちゃ。段階を踏んで。ゆっくりと。


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