&α 十年後の十分

 彼女。


 なんか、いつになく、びくびくしている様子だった。


 手に触れて。ゆっくりと抱きしめて。


「どうしたの?」


 安否確認。


「こわい」


 彼女。腕が。抱きしめ返してくる。


「なにがこわいの。三十路になることが?」


「それはいいのよ。もともと、30才だと思って生きてきたし」


「そっか」


 年齢の問題じゃないのか。


「あなたが、いなくなるんじゃ、ないかと。思って」


「10年も一緒にいるのに?」


「そういう話じゃなくて」


「結婚してないよね。俺のプロポーズ、なんで断るの?」


「今日が。こわいから」


 彼女。今日がこわい理由も。なんとなく、察しがつく。


「そういえば、今日。誕生日だね」


「うん」


 彼女。離れようとしない。腕で腰をがっちりロックされていて。指輪を取りに行くことができない。


 しかたがないので。


「持ち上げますよ。よいしょっ」


 彼女を抱えながら。戸棚に向かう。


「もうすぐ。時間なの」


「なんの?」


「午前四時69分」


「午前四時69分ね」


「5時10分になったら。あなたが、いなくなってしまうかもって。思ったら。どうしても。離れたくなくて」


「ごめんね。時計いじっちゃった」


「え?」


「今ね。午前5時35分です」


「え。え?」


「時計の時間を進めちゃいました」


「なんっ。もうっ。なんでそんなことするのよっ」


 彼女。ようやく俺を解放して。時計のところに向かう。


 その一瞬の隙に。


 戸棚から箱を取り出して。


「ちょっとっ。時計正確じゃないっ」


 彼女。


 ふたたび、抱きつこうとしてくる。それを、タイミングよくかわして。


「誕生日、おめでとう。プレゼントです」


 指輪。


 彼女。


「指輪の裏、見てみてよ」


 文字が彫ってある。


「読んでみて?」


「午前四時の。その。続きを。あなたと」


「そう。あのときのラジオみたいに。今度は、僕から。あなたへ。声のかわりに、愛を捧げましょう」


「記憶」


「戻ってるよ。普通に。8年ぐらい前から」


「うそ」


「ずっと黙ってたけどね。今日が10年目で、こわかったんでしょ?」


「うん」


「実は僕もこわかった。消えちゃうんじゃないかって、思って。大丈夫。大丈夫でした」


「うえええ」


「おっと」


 突撃してくる彼女。今度は躱せなくて、正面からぶつかった。抱き留める。


「結婚しますか。そろそろ」


「します。しますううう」


 午前四時69分から。午前5時10分に切り替わって。


 新しい日が、始まる。

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午前四時69分、あなたに捧げる私の声 (15分間でカクヨムバトル) 春嵐 @aiot3110

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