11 Love, 気詞珊互

 気がついたとき。


 駅前の、電光掲示板の前にいた。


「あれ」


 記憶がない。


 自分が誰なのか。分からなかった。


 周りを見渡す。


「ここは駅前」


 電光掲示板。


「あれは、電光掲示板」


 大丈夫。位置に関する記憶や、物に関する記憶はある。ただの健忘だろう。頭でも打ったのかな。


 電光掲示板の表示。午前四時78分。


「四時78分とか。誰だ調整してるやつ。チェック忘れで時間が更新されてないじゃないか」


 立ち上がる。


 自分の身体。やけに重い。身体って、こんなに重たかったっけ。着ている服にも。見覚えがない。


「電光掲示板とかこの景色には見覚えがあるけど」


 自分の身体と、自分の服が。見慣れない感じ。


「あっ」


 声がする。


 声の方向。


 誰かが、いる。


 女性。


「会えた」


「え?」


 自分のことを言っているのか。


「あ、あの。僕のこと。知ってる、かたですか?」


 近付く。


「あの。僕。自分のことが分かんなくて。なんというか、そう。健忘、みたいで」


「そう、ですか。そうですか。あなたは」


「僕のこと、知ってます?」


 彼女。泣いているような笑っているような、不思議な表情。言葉にしにくい。


「いえ。初対面、かな?」


 彼女。ほほえむ。


「記憶がないってことは、お家も分からないでしょ。わたしの部屋に来ませんか」


「え?」


「大丈夫ですよ。わたしは、そこの電光掲示板のあるビルでラジオの仕事をしている者です。仕事終わりで、帰ってる途中です」


「でも。女性のお部屋にはさすがに」


「あら。記憶がないのに?」


「そうだ。記憶がないから帰るところ分からないんだ」


「まあ、とりあえずお茶とスイーツぐらいは出せますし。うちへいらっしゃい」


「では、なんというか、お言葉に甘えて」


「会えてよかったです。今日も」


「え?」


「いえ。なんでもありません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る