10 ENDmarker. 『あなたに捧げる私の声』

『ええと、もしもし。聴こえていますか』


『時刻は午前四時61分』


『メンテナンス中の音声をお借りして、このラジオをお届けします』


『といっても、メンテナンス中なので音は実際乗っていないのですけれど』


『それでも。おはなしをさせてください』


『私は。いえ。わたしは』


『過去の記憶がありません。警察で調べてもらったりもしたのですけど、わたしが誰なのかは分からずじまいでした』


『わたしは。都合上年齢が30、あ、この前誕生日を迎えて31才なんですけども』


『この前、年齢を計ってもらえる機会がありまして。どうやら21才だったらしいです。わたし』


『10才もサバ読んでました。へへ』


『わたし。昔の記憶なんてどうでもいいって思ってたんですけど』


『あ、話が飛んでごめんなさい。そのかたとはですね。午前四時61分から十分間。そう。ちょうど今頃ですね』


『駅前の電光掲示板で出会いました』


『十分間だけ、おはなしできたんです』


『ほんとに』


『十分経つと、彼はいつもどこかに行ってしまって』


『つい先日』


『彼から、おはなしがありました』


『彼は、その、ええと』


『そう。彼は、この世の人間ではなくてですね』


『わたしとは、もう』


『会えないと』


『言っていました』


『わたし』


『それを聞いて、かなしかったです。年甲斐もなく食い下がったりしました』


『あなたと会えるならなんでもするとか、言っちゃったりして』


『でも、彼は。やっぱり5時10分になると』


『いなくなっちゃうんですよね』


『わたし。とてもかなしかったです』


『でも』


『かなしむまえに。わたしができることを。せめて、わたしができる形でやろうと思いまして』


『メンテナンス中にスタジオを借りて、これを喋っています』


『聴こえて、いますか?』


『時刻は午前四時69分』


『あなたに捧げる、わたしの声です』


『好きでした』

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