Ⅳ 問題解決には最良の方法を

 翌日、強力な悪霊を祓うために準備が必要とかなんとか言い訳をして、フローリエンス邸を後にした俺は、一応、キーンの言っていたことの裏をとるためにあちこち調べ歩いた。


「――ここだけの話、フローリエンスさんの使用人いびりはご近所でも有名よ? 短い間にもう何人も逃げ出してるんですから」


 ゴシップ好きそうなとなりの奥さんにさりげなく尋ねると、そう言ってあっさりと教えてくれる。


「――ええ。フローリエンスさんとこじゃよく使用人募集してますよ。すぐ辞めちゃうんだとか。そんなに待遇悪いんですかね?」


 また、街の人材派遣業者を方々当ってみると、従業員達は口を揃えて、みんなそういう風に言っている。


「――ああ。旦那に頼まれて、たまに沖へ重てえ麻の袋を捨てに行ってるよ……中身か? そいつは詮索しねえのが暗黙の了解ってもんよ。金さえもらえれば文句はねえ」


 さらにはスティヴィアノが商売で使っている船頭になけなしの銅貨を握らせると、意味深な笑みを口元に浮かべながら、その下品な顔をしたオヤジはそんな風に答えてくれた。


 ま、そのビジネスライクな人生哲学には同感だが……なんとも胸糞悪ぃことに、キーンの話はすべて本当だったようだ。


「そうなると、ますますキーン達を祓うのは気が引けちまうな……てか、むしろ味方してやりてえ気分だぜ……ん? そうか! よし、その手でいこう……」


 改めてスティヴィアノ夫妻の悪業を確信し、霊達に同情の念を禁じ得ずに思案した俺は、俺もキーン達も双方望みをかなえられる、とある妙案を思いついた。


「――おかげで変な現象はピタリとやんだ。約束の報酬だ。受け取るがいい」


「へい。こいつはどうも。まいどありでさあ」


 例の玄関から続くゴージャスな大広間で、コインの入った革袋を偉そうに差し出すスティヴィアノに、俺は三角帽トリコーンをちょこんと上げると、ありがたくその金を頂戴する。


 翌日、再びフローリエンス邸へ戻った俺は、夜にキーン達の霊が現れるのを待って彼らを説得すると、もう安易に騒霊現象ポルターガイストを起こさないように約束させた。


 いや、別にスティヴィアノの依頼を完遂するためじゃねえ。とりあえず、俺が悪霊を祓ったと見せかけ、きっちり報酬をもらうための方便だ。


 それに、こう言っちゃあなんだが、やつらのやってることはまるで無駄事だ。ま、嫌がらせぐれにはなるだろが、そんなことであの因業な夫婦が気を病むようなことはねえ……。


 だから、俺はもっと効率のいい怨みの晴らし方ってやつを教えてやった。こちらの要求を素直に飲んでくれたのも、そんな代替案があったからだ。


「これでようやくぐっすり眠れますわ。あなた、なかなか仕事ができますわね。よかったらうちの使用人になりませんこと? 給金ははずみますわよ?」


 スティヴィアノのとなりに立つダイラン夫人も、優雅に羽根団扇をひらひらとさせながら、いたく上機嫌にそんな誘いの言葉をかけてくる。


「いやあ、せっかくのお誘いですが、遠慮しときやしょう。俺はこの稼業が性に合ってますんでね。そんじゃ、これで失礼します」


 だが、俺はそれを丁重にお断りすると、慇懃にお辞儀をしつつ、続く玄関からフローリエンス邸を後にした。


「ケッ! 誰がんなブラックな屋敷で働くかよ……それに、もうてめえらに使用人は必要ねえだろう。人生は短え。この世の中、いつ何が起きるかわかんねえからな……例えば、偶然、シャンデリアが落ちてきたりとか?」


 くるりと踵を返し、唾棄するように独り言ちながら玄関を去る俺の背後で、閉じた瀟洒な扉の向こう側からはガシャァァァーン…! と何かが落下して砕け散る轟音が聞こえる。


「キャァァァァーっ…!」


 わずか後、女性使用人らしき者のくぐもった悲鳴も遠く聞こえたが、俺は振り返ることもなくさらに歩き続けた。


 キーンのやつら、早々にも俺がアドバイスしてやった通りに騒霊現象ポルターガイストを起こしたらしい……カロリアーナ嬢ちゃん達残された子供らはちょっと可哀想だが、ま、あれだけの資産がありゃあ、この先もどうにかやっていけるだろう……これ以上、哀れな使用人を出すのもなんだし、それにあんな親に育てられたらろくな大人になりゃあしねえ。


「チッ…俺としたことが、なんともハーフボイルド・・・・・・・な仕事をしちまったもんだぜ……」


 俺は最後に三角帽トリコーンのツバを上げてそちらを一瞥すると、その悲しき騒霊達の棲む家に別れを告げた。


               (La maison du Poltergeist ~騒霊の家~ 了)

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La maison du Poltergeist ~騒霊の家~ 平中なごん @HiranakaNagon

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