エピローグ~和馬編~

 ……あれは現実だったのか。


 もはや、それを確かめる術はない。


 アレスとしての出来事を知っているのは、俺と結衣だけだ。


 かの勇者君は、その記憶を失っていた。


 だが、それが正解だろう。


 この平和な世の中で、あのような記憶はないほうかいい。


 だというのに……。





 あれから三ヶ月、辛いリハビリを耐えた俺は、最近になって車椅子で動けるようになった。


 少しずつ体力も回復し、話すこともできるようになった。


 そして、今日も結衣が車椅子を押して気分転換に付き合ってくれる。


 ようやくまともに話せるようになった俺たちの話題は……。


「結衣、どうしてお前には記憶があるんだろうな?」


「うーん……私が望んだから? 龍神さんに特に聞かれたわけじゃないからわからないけど……」


「そうか。もしかしたら……アレスとしての記憶を夢だと思わせないために……結衣、すまなかった」


 平凡な高校生に、あのような出来事はトラウマになるだろうに。


「そ、そんなことないもん!」


「結衣?」


 後ろから、結衣が抱きついてくる。


「わ、私は記憶があって良かった……だって、アレス君の人生だって和馬さんの一部でしょ? 和馬さんは忘れたかった?」


「いや……それだけはないと言える。そうだな、アレスの人生は俺の一部だ。あの時感じた全ての出来事は、俺自身の出来事だ」


 あの人生で改めて家族の大事さ、愛する人への想いを感じた。

 そして、それは些細なことで無くなるということも。


「和馬さん……うん、私もあの出来事を覚えてて良かった。そうすれば、和馬さんが孤独にならずに済むもん……本当は、少し寂しいんだよね?」


「結衣……」


「アレス君に会えないことも、婚約者達に会えないことも。あっちでの友達や両親に会えないことも、お姉さんやお兄さんに会えないことも……だって、和馬さんにとっても大事な人達だったんだよね?」


「……あぁ」


 俺の目から知らず識らずのうちに……涙が溢れる。

 そうか……俺は寂しかったのか。

 もう、彼らと会えないということに。


「でも、大丈夫……私が話を聞くから。一応全員紹介してもらったし、二ヶ月くらいは一緒に過ごしたし」


「……ありがとな。しかし、そうなると大変だな」


「へっ?」


「15年の出来事だ。そう簡単には話しきれないから……聞いて欲しいことは山ほどあるよ」


「が、頑張る!」


 ふむ……意味が通じなかったか。

 15年の月日を話すのは時間がかかると伝えたかったが。

 はっきりと伝えるか……人は、いつ何が起きるかわからないのだから。


「結衣! 和馬!」


「あらあら、邪魔しちゃったかしら?」


 おじさんとおばさんが、こちらに向かってくる。

 すると、結衣が俺から離れる。


「そ、そんなことないもん!」


「おじさん、おばさん……少し良いですか?」


「うん? どうした?」


「どうしたの?」


「結衣を——俺にください。必ず幸せに……いえ、二人で幸せになりますから」


「……ふえっ?」


「覚悟が決まったか……お、俺は……お前以外に結衣をやるつもりなんかない……!」


「貴方……ええ、そうね。結衣をよろしくお願いします」


「えっ? えっ? ど、どういうこと!?」


 実は、おじさんとおばさんには事前に話しておいた。

 覚悟が決まったら、結衣にプロポーズをすると。

 そのためには、このままでは格好がつかない。


「ふぬぅ……!」


「だ、ダメだよ! まだ怪我が!」


「い、今だけは手伝わないでくれ……!」


「和馬さん……」


 俺は自力で何とか立ち上がり……結衣の正面に立つ。

 その姿は大人びていて、もう子供とは思えなかった。

 そして、もう……後悔だけはしたくない。


「結衣」


「は、はい!」


「卒業が決まったら、俺と結婚して欲しい——そして、改めて家族になってくれるか?」


「っ——! う、うんっ! 私が幸せにするから!」


「それは俺の台詞だよ」


 優しく、結衣を抱きしめる。


 アレス……きっと俺と同じように、お前もおじさんやおばさん……そして結衣のことを気にかけているだろう。


 だが、安心していい。


 俺が……和馬が、この人達と幸せになるから。


 だから、そっちの俺の大事な人達はお前に任せるから——。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る