239話 平和を実感

その後、順調に馬車は進み……。


「やはり、魔物などが出ないみたいですね」


「うむ、父上からの手紙でもそのように書かれていたのだ」


「まさに平和ってヤツですねー」


二人が御者の方に顔を出して、無防備な状態をさらす。

本当なら注意するところだが、確かに魔物がいない今、そこまで警戒することはない。


「……どうだかな」


「アレス様?」


セレナの優しく素直な目が、俺を見つめてくる。


「魔物がいなくなれば……それはそれで争いが起きるさ。皆が、セレナのようだったら良いが」


「そんな、わたしなんて……でも、そうですよね」


「まあ、その辺りも含めて世界を回ってみよう」


「はい、そうですね」


そう、この旅の目的は他にもある。

世界を回って、ここ以外の人々がどういった生活を送っているのかを確かめる。

それを持ち帰ることが、俺の仕事でもある。







そのまま何事もなく進みブリューナグ家領地に入ると……すぐに人々が集まってきた。


「アレス様! お帰りなさいませ!」

「アレス様〜! 待ってましたよぉ〜!」

「カグラ様もお帰りなさい!」


あちこちから、そんな嬉しい声が聞こえてくる。

その全てに手を振り、声をかけつつ、ブリューナグ家のに屋敷に到着する。


「アレス様、よくぞいらしてくださいました」


「アレス様、ご無沙汰しておりますわ」


「クレハさん、クロイス殿、どうかアレスと呼んでください。もはや、俺は皇位継承権を失ったのですから」


兄上が皇帝となった今、俺が継承権を持っているとまずい。

なにせ、皇太子という立場になってしまうからだ。

故に、俺は皇位継承権を放棄した。


「いえいえ、そういうわけには参りません。我らブリューナグ家は、貴方様に忠誠を誓ったのですから」


「はい、皇帝陛下だろうとそれを曲げることはできませんわ」


「そうなのだ! さすがは父上と母上なのだ!」


「いつでも、我が領地に遊びに来てください。領民の皆も、そう思っていますから」


「もし帰ってきた時に皇都に居づらいなら、いつでもいらっしゃってくださいな」


……全く、困った人たちだ。

きっと、俺の立場がなくなったり、居場所がなくならないようにしてくれているのだろう。


「ここは、俺の第二の故郷だと思っているので嬉しいです。クロイス殿、クレハさん、改めてありがとうございます。俺が魔王だと認定された時、貴方達が味方になってくれたこと……本当に嬉しかったです」


「何を言うのですか。我々は貴方様に助けられた。国王陛下に掛け合ってくださり、物資や兵士を送ってくださり……」


「こんなじゃじゃ馬娘まで娶ってくださって……感謝しかありませんわ」


「も、もう! 母上!」


「いえいえ、こんな可愛い子は俺には勿体ないくらいです」


「ふえっ!?」


「ははっ! 顔が真っ赤ではないか!」


「あらあら、そんなんで初夜とか平気かしら?」


「しょ、しょ、初夜!? あぅぅ……」


すると、それまで見守っていた二人が前に出てくる。


「わ、わたしもできるかな?」


「私は余裕ですよー」


「むむっ……せ、拙者も頑張るのだ!」


「……まあ、俺も頑張るよ」


俺は久々の緩い空気に肩の力を抜くのだった。


うん……こういうのが平和っていうんだろうな。



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