238話 オルガとの別れ

 馬車が進み出すこと数刻後……。


 途中からカグラの隣に来て話していたら……。


「むっ!? 馬が駆けてくるのだ!」


「なに?……おいおい、こなくて良いって言ったろうに」


 そこには、俺の親友であり右腕である男がいた。

 すっかり逞しくなり、もう一人前の男になっている。


「はぁ、はぁ……アレス様! 酷いじゃないですか!」


「オルガ……いや、お前こそ何してるんだ? カエラは妊娠中だろうに」


 そう……俺がオルガを置いて行く一番の理由だ。

 これからは、俺ではなく家族を守らなければならない。


「し、しかし……僕は……貴方を守ると誓ったのに……」


「これからは家族を守れ。きっと、これから大変なことも起きる。この三か月の間に処理をしたとはいえ、女神がいなくなったことでの争いもまた起きるだろう」


「で、ですが……」


「おいおい、父親は子供と奥さんといてやってくれ。それが、どんなに大事な時間かというのは……俺に言わせるなよ?」


 口には出さないが、小さい頃俺がどれだけ寂しかったか。

 転成体でなかった普通の人なら、その寂しさに耐えられたか……。

 それに耐えられたのは……きっとカエラというお姉さん的な存在がいたからだ。


「アレス様……」


「きっと、カエラは行ってきても良いって言ったんだろ?」


「……はい」


「だが、俺が許さん。俺との約束を忘れたのか? 俺の大事な姉でもあるカエラを、お前が好きだと言った時のことを」


「……必ず幸せにしてやってくれと……俺の大事な人だからと……」


「ああ、そうだ。カエラは血の繋がった家族には恵まれていない……だから、そばにいてやってくれ」


「くっ……」


 オルガは強く拳を握りしめて俯く。

 きっと、行きたい気持ちと残りたい気持ちが混同しているのだろう。

 オルガとてまだまだ若い……冒険したいという気持ちもあるだろう。

 すると……それまで黙っていたカグラが動く。


「オルガ」


「カグラさん?」


「安心するのだ。オルガの分も……左腕の分も拙者が主人殿をお守りするのだ」


「……ずるいですよ」


「何を言うのだ。いつもずるいと思っていたのは拙者だ。男同士で楽しそうで」


「……ふふ、それもそうでしたね」


「それと……大丈夫なのだ。また、数年後には帰ってくるし……せ、拙者が子供とかできたら……そ、その時は、代わりにオルガが行くといいのだ!」


「……なるほど、そういう考えもありますね」


「だ、だから! お主はそれまで主人がいつでも帰ってこれるようにしとくのだ!」


「ありがとう、カグラさん……いえ、我がライバルよ。では、我が主君のことを頼みます」


「うむっ! 任されたのだ!」


 すると……馬車から二人が顔を出す。


「オルガ君! わたし達もいますから!」


「平気ですよ〜」


「セレナさん、アスナさん……ええ、よろしくお願いします」


 そこでオルガが、再び俺の方を向く。


「我が主君よ」


「どうした、我が騎士オルガよ」


「僕は貴方が安心して帰ってこれるように、この地を守ってまいります。安心して旅ができるように、いつでも帰ってこれるように」


「オルガなら安心だ。なにせ、俺の自慢の親友だからな?」


「っ……! ぼ、僕は、貴方がいなければ……ただの男爵の子息だった僕と仲良くしてくれて……領地のことも気にかけてもらって……僕のためにカイゼル様に頭を下げて……大事な姉であるカエラさんとのことを認めてくれて……それに対して、僕が貴方に何を返せたでしょうか……」


「バカいうなよ。聖痕なしの落ちこぼれと言われた俺と仲良くしてくれて、領地にまで遊びに連れてってくれて、俺を守るために必死に訓練して、俺の大事な姉と親友が結婚してくれたんだ……ありがとな、オルガ。俺は充分にもらっているさ」


「ア、アレス様……」


「さて……さあ、そろそろ戻るといい。妊娠中の女性は不安になるんだぞ?」


「……はい、わかりました」


「オルガ、また会える日を楽しみにしてる。そして、悲しい顔をするな……笑顔でな」


「はい! 三人もお元気で!」


「うむ!」


「オルガ君も!」


「達者で〜」


 そして、オルガが馬を反転させ……走り去っていく。


「主人殿、もう行きましたよ……だから、平気なのだ」


「っ……ァァ……」


 俺の目から、我慢していた涙が滲み出てくる。


 主人として、親友として、かっこ悪いところは見せたくなかったから。




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