214話 決戦前

ゼト、それは


カイゼルを師に持ち、由緒ある伯爵家の血を持つ。


父ラグナの親友であり、俺の兄弟子でもある。


この世界では知らぬ者がいないほど有名な男だ。


しかし、その名とは裏腹に戦歴は薄い。


基本的には皇帝直属であり、戦場に出ることなどない。


ましてや皇帝が襲われることなど滅多にない。


その状況になる前にどうにかするのが仕事でもある。


故に……戦ったところを見た者は滅多にいない。


それも、本気の戦いを。







……ここまでとは。


流石は、カイゼルが次代の近衛騎士最強と認めた男か。


「ハッ!」

「ちぃ!!」


扉から入って来るなり、閃光のような速さでレイスに襲いかかった。


そして、あのレイスが防戦一方である。


「アレス様! こやつは私にお任せを!」


「任せた!」


あの様子のゼトならば不覚を取ることはあるまい。


さて……問題はこっちか。


「兄上、一応聞いておきます——何しに来たので?」


「……ターレスを殺すためだ。姉上ではなく、俺がやる」


……どうやら、迷いは吹っ切れたようだ。


ほんと、姉さんには敵わないや。


「お互い、ヒルダ姉さんには頭が上がりませんね?」


「クク、全くだ。案外、姉上がこの大陸を治めてしまうかもしれないな」


……いや、それは笑えない。

というか、本来の形に近くなるのか?

元々はフラフベルク家が真の皇家って話しだし……まあ、今は良いか。


「ハハ……まずは、目の前のこの男をどうにかしないと」


「ああ、そうだな」


すると……。


「話は終わったか? まさか、孫二人に歯向かわれるとはな」


「よく言う。俺を孫などと思ったこともないだろうに」


「いや、思っていたさ——便利な駒として」


「ちっ……胸糞悪い」


「しかし、それもまた想定外で面白い。アレス、これも貴様の力か?」


「そんな大層なものじゃない。二人は己の意思で、ここに立っている。俺が与えたとすれば、きっかけに過ぎない」


「そのきっかけとやらが厄介なのだがな。思えばセレナという魔法の天才少女に始まり、ブリューナグ家の暴れ姫、アラドヴァル家の麒麟児、暗殺一家の異端児アスナ……これらの者が集まる、それはお前という存在なくしてはない」


「随分と持ち上げるな?」


「まだあるぞ。たまたま匿っていた娘が、神を殺す刀を作る一族だったこと。ラグナの暴走を防いだこと。ヒルダやライルの闇を払ったこと。グロリア王国の内乱を止めたこと。真の皇家であるフラフベルクと友誼を結んだこと……そして、世界の真実にたどり着いたこと」


……俺の脳裏に浮かぶ、それらの出来事が。


何一つとして、忘れたことはない。


「御託はいい——兄上、ここで決着をつける」


「ふん、当然だ」


「ククク……ああ、かかってこい! 私を楽しませてくれ!」


これで終わりにしよう——ターレス!

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