215話 ライル皇帝

 ……ァァァァ! クソクソ!!


 何故! 俺の足は動かない!?


 あそこまで言われて……何が皇帝だ……!


 俺は相変わらず、自尊心が高いだけの……器の小さな男だ。


 幼い頃からアレスに嫉妬し、母上やターレスの言いなりになって……。


 父上や姉上の愛情にも気付かず……自分は一人なんだと思い込んで……。


 成人を迎えた日……これからは変わろうと決めたはずなのに。







 俺の思考が闇に堕ちる寸前……抱きしめられる。


「ライル、お前は……俺によく似ているな」


「ち、父上?」


 目を開けてみると……優しく微笑む父上がいた。


「俺も弱かった。同じように、いきなり皇帝になり……貴族やターレスに逆らえず……奥さんと子供を守ることすら、カイゼルがいなければ出来なかった」


「そ、そんなことありません! 父上は立派で……」


「ほんとですよ、ライル様。この人ってば、毎日私に愚痴ってましたから。もう嫌だ! 皇帝なんかやめる!とか何とか」


「おい!?」


 父上が……? いつも飄々してるけど、いざという時はバシッと決める父上が……。


「……まあ、ゼトの言う通りだ。皇帝になった時は、何もかもが上手くいかなくてな……今となってはターレスが邪魔をしていたとわかるが……つまり、結局は俺もターレスの呪縛から逃れられなんだ…… いや、歴代の皇帝達といったほうが正しいのかもしれない」


「そうですね。私も師であるカイゼル様から聞いていました。主君……ラグナの父上も、同じように嘆いていたと。自分の代で終わりにしたいとも」


「結局は父上でも出来なかった。彼の方の才覚は素晴らしかったが……優しすぎた。甘さを補う相手がいれば良かったが、兄弟仲も良くなかった」


 そうだ、我が国は基本的に兄弟仲が悪い……ん?


「もしや、それもお爺様が……?」


「ああ、おそらくな。敵対する家同士の母親をあてがったりしてな。子供同士が敵対するように仕向けていたに違いない……もちろん、わかってはいても拒否できないような状況を作ってからな」


「そ、そんな……バケモノじゃないですか。全てをコントロールするなんて……」


「ああ、バケモノだ。だが、そんなバケモノにたちむかう奴がいる」


「アレス……」


「そうだ。お前は……今も、アレスが憎いか?」


「……いえ、それはありません。奴の辛さも分かってますし、俺自身も禍根は残っていません。母親に関しても、父上に関しても」


 ただ、どうしていいかわからないだけだ。

 今更兄貴ヅラなんか出来ないし、仲良くも出来ない。

 それに、父上に可愛がられているのは未だに気にくわない。


「そうか。それはとても珍しいことだ。俺も父上も、結局は和解できないまま……兄弟とは死に別れた。生きているお前達には、出来れば和解して欲しいと思う」


「それは……父上がアレスが可愛いからですか?」


「まあ、間違ってはいない。だが、俺に似ているお前に……代わりに成し遂げて欲しいのかもしれない——この負の連鎖を断ち切ることを」


「では、もう一つ……父上は、どうしてアレスを皇帝にしなかったので?」


 常々疑問に思っていたことだ。

 アレスではなく俺を選んだ理由……それが長兄だからなのか。

 ずっと……怖くて聞けなかった。


「そうだな……正直に言えば、そんなことを考えたこともあった。だが、アレは色々な意味で皇帝の器ではない。収まりきらんし、あいつは……甘すぎるしな。私情を挟んでしまいそうだ。まあ、俺と似てるところでもある」


「なるほど……」


「お前は俺に似つつも、その辺はしっかりしている。時には切り捨てることも必要なことだからだ。今はまだ若いから無理だが、時間をかければ良い皇帝になれると思う。なっ、ゼト?」


「ええ、そうですね。貴方よりはよっぽど良いかと」


「おい……まあ、そういうことだ。俺は——。アレスではなく、ライルを」


 その言葉と目から……何かが流れ込んでくる。


 そうか……結局皇太子に選ばれつつも、俺は心の底では信じていなかったのか。


 我ながらなんと情けない。


 承認欲求が満たされず、ずっと迷っていたということか。


 だが、いい加減に……もう良い、これ以上自分に失望したくない。


 俺こそが皇帝だ。


 本当の血筋とか、相応しくないとか関係ない。


 この戦いを見届けて、この大陸を治めてみせる。


 しかし、その前にやるべきことがある。


「父上、俺は戻ろうと思います。ターレスを殺すために、やつを乗り越えるために——アレスと共に戦うために」


「そうか……分かった……ん? 何か光っている?」


「あれは……アスカロン!? 何でこんなところに?」


「ふむ……わからないが、これも何かの運命だろう。ライル、持っていけ。お前は俺に似ている、つまり槍も使えるのだろう?」


「は、はい! 知っていたんですね……俺が鍛錬してたこと」


「もちろんだ……ゼト」


「わかっております、私が責任を持ってお守りいたします。ライル様……いえ、皇帝陛下」


「お、俺で良いのか?」


「はい、貴方の覚悟を見せて頂きました。近衛騎士として、心より貴方にお仕えします」


「……では頼む! 俺をターレスの元へ!」


「御意」


 父上に見送られ、俺は馬を走らせる。


 今度こそ、己の生まれと決着をつけるために!

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