213話 ヒルダと弟
二人は他の皆をフォローしてて、すぐには動けない。
何よりセレナはともかく——敵により近い結衣には戦闘経験が足りてない!
「させるかぁ!」
「ふふ、こちらのセリフですよ!」
「邪魔を——」
(クロス! ここで切り札を使う!)
(で、でも! これは対女神用だよ!? それに身体に負担が!)
(いいから! 俺はどうなってもいい! 二人を……いや、すまん。もう大丈夫だ)
(えっ? ……ほんとだ……でも、どうしてここに?)
(わからない。だが、今は感謝しよう)
「な——!?」
「ほう? ……流石に予想外だ」
「お前達ごときで、あの人を測れると思うなよ」
という俺も、まさかこの場面て来るとは思わなかったが。
……全く、困ったお方だ。
わざわざ説得してまで置いてきたというのに。
いや……彼女を説得しようなどと思ったのが間違いか。
そうだった……いつも破天荒で……それでいて、強く優しい女性だったね。
そう、バケモノの攻撃を受け止めたのは——ヒルダ姉さんだった。
◇
間に合うかしら?
荒野を走り抜けること二日目……。
飛んでいるアレス達なら半日で行ける距離。
一日早く出た私が、戦いに間に合うか……。
すぐに決着がついたなら間に合うことはない。
行っても無駄かもしれない。
でも……私だけ、のうのうと待っているのは嫌だから。
未だに縛り付ける母親と祖父の呪縛。
それを払拭したい……あの子の母親として胸張っていられるように。
何より、嫁いだとはいえ、私だってこの国の皇族——身内の恥は身内の手で!
ひたすら馬を走らせると……。
「……見えたっ! 皇都だわっ!」
残りの馬は二頭……なんとかなったわね。
「あれ………? 誰か向かって来る? ……あっ」
その人物に気づいた私は、馬を加速させる。
「お父様! ライル! ゼトもいるのね!」
「ヒ、ヒルダ!?」
「あ、姉上!?」
「敵かと警戒しましたが、ヒルダ様でしたか。いやはや、見違えましたな」
ひとまず馬を降りて、三人に近づいていく。
良かった……お父様もライルも無事で。
「再会は嬉しいけど、まずは説明してちょうだい」
「……はぁ、間違いなく姉上ですね」
「全く、見た目はすっかり女性らしいというのに……中身は相変わらずか。ゼト、頼む」
ゼトから状況を聞いた私は……とあることを決意する。
こんな機会は、もう訪れない。
姉として、私ができること……そして、私の後悔も。
「なるほどね……お爺様が。それで、怪我をしてるお父様はともかく——ライル、貴方はなにをしてるの?」
「お、俺は……役に立たない」
「ヒルダ、ライルは皇帝だ。生き残ることが優先だ。それに、いくら姉と言えども……」
「お父様は黙ってて。私は、弟に聞いてるの」
お父様を押しのけ、私はライルの目の前に立つ。
「弟……」
「そうよ。アンタも、私の弟には違いないわ——アレスと違って可愛くないけど」
「ほっといてくれ……ほんと、昔から変わらないな……敵わない」
そう言い、寂しげな目をする。
今考えると、この子にも悪いことをしたわよね。
母親の愛情、父親の愛情を感じずに生きていた。
祖父からの圧力もあったし……。
まあ、少し手荒になるけど……今からでも遅くないか。
姉としての役目を果たすとしましょう。
「で、何してるの? 逃げてどうするの? 皇帝だかなんだか知らないけど、アレスが負ければお終いなのよ? そもそも、今ではその血が正しいのかもわからないわ」
「そ、それは……」
「お爺様が怖い?」
「………」
ライルは拳を握って苦い顔をしている。
やっぱり、お爺様の呪縛は強いわね。
「いいの? それで? 一生お爺様……ターレスの呪縛にかかったままで」
「お、俺とて! 何度も何度も……!」
「ええ、わかってるわ。貴方が一人で頑張っていたことは。大丈夫、お姉ちゃんがついてるから」
そして、ライルをそっと抱きしめる。
そういえば……赤ん坊の時以来だわ。
ほんと、大きくなって。
「何を今更……」
「何よ、今更って。私は私なり貴方を可愛がってきたわよ? 赤ん坊の時は抱っこしたし、貴方が小さい頃は遊んであげたし。大きくなって生意気になっても無視しなかったし、むしろ貴方が離れていったじゃない」
「……そうだったな……いや、そうだったね……姉さんはアレスほどじゃないけど、しっかり俺を見てくれてた……どうして忘れていたんだろう……」
見上げると……その目からは涙が出ていた。
「まあ、母親と祖父がアレだから。でも、大丈夫よ。お姉ちゃんと、可愛いアレスがいるわ。それに、今ではお父様だって」
「……でも……痛っ!?」
私はライルの頬を引っ叩く!
「しっかりなさい! 貴方が皇帝だというなら……己の生き方を恥じたくないなら……その呪縛を自らの手で破りなさい!」
「ね、姉さん……」
……これでダメなら仕方ないわね。
それに時間もない。
「ライル、私は行くわ。お爺……ターレスと戦うために……己の生まれと決着をつけるために。馬は預けておくから好きに使いなさい」
そう言い、私は聖痕を発動させ、疾走する。
ここまできたなら、こっちのが速い。
ライル……待ってるからね——私の生意気な弟。
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