181話 説得

……傷をつけるわけにはいかない。


たとえ、結衣が俺を殺すつもりであろうとも。


それだけは——


「結衣、行くぞ」


「ひ、光の矢よ!」


いくつもの光の矢が、俺に向かって飛んでくる。

俺は、その全てを魔刀にて打ちはらう。

そして、そのまま間合いを詰め——結衣の正面に立つ。


「う、嘘……簡単に……」


「俺が今まで手加減をしていたことに気づかないほど、お前たちは素人だ。どうして、戦いに来た? 俺を倒さないと、女神が元の世界に帰れないとでも言ったか? そもそも、和馬を忘れろ。あいつは死んだ——それだけは間違いない」


「……そんなことわかってる! 女神のことも! 和馬さんのことも! でも! それ以外に——どうしろって言うの!!」


「結衣……」


その目からは、涙が滲んでいる。

いきなりこんな世界に連れてこられて……混乱しているのも無理はない。

俺もそんな当たり前のことに気づかないくらいに、冷静ではなかったか。

今すぐ抱きしめて、その涙を拭ってあげたいが……それは、アレスの役目ではない。


「俺とこい。俺がどんなことをしてでも、お前を元の世界に帰す。おじさんとおばさんの元に。それが、俺の……和馬としての最後の役目だ」


「っ……!」


瞳が揺れ動き……迷っているようだ。

ここで無理矢理連れ去ってもいいが……それではダメだ。

自分で決めて、俺の手を取らない限りは。


「……時間切れか」


「えっ?」


俺はすぐに、その場から離れる。

次の瞬間——俺がいた場所に槍が降る。


「チィィ! 相変わらず勘がいいですねぇ!」


「ハロルドか……」


「は、ハロルドさん!?」


「聖女様! 騙されてはなりませんぞ! 其奴は邪神の使いにて魔王! この世界で唯一闇魔法使えることが証です! 貴方を闇に染めようとしているのです!」


「よく回る口だ……ん?」


気配がして振り返ると……。


「何……?」


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、お気になさらずに。これこそが、私の役目ですから。一度斬られたことで、貴方の肉体は強化されていますよ」


「俺が斬った腕が再生しただと?」


勇者の側に、いつの間にか爺さんがいた。

どうやら、こいつが治したようだが……そうか、こいつがそうなのか。


「貴様が……教皇か!」


「ええ、如何にも。初めましてですね、魔王アレス」


「トップがわざわざ前線まで出てくるとはな」


「ほほ、勇者様と聖女様を死なせるわけにはいきませんから」


こいつが、結衣を召喚したに違いない。

つまり、元凶の元ということだ。

俺が刀を構えようとした時——敵の軍から魔法が降り注ぐ!


「くっ!?」


「では、ひとまず退くと致しましょう。そろそろ、女神様の準備も出来てる頃ですし」


「なに?」


それだけ言い、奴らは退いていった。


女神の準備? どうやら、まだまだ前哨戦のようだ。


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