176話 結衣と俺

ひとまず敵を追い返した俺たちは、領地の前線基地へと帰還する。


民は、これより後方に避難誘導ができている。


逆を言えば……ここを突破されれば、無辜の民が犠牲になるということだ。


「さて、ひとまず敵を追い返した」


「ええ……」


「ふむ……何やら、事情があるようだ。戦況やその他のことは我々に任せると良い。お主は、少し休むと良い」


「そうですよ、アレス殿。私は戦ってませんし、後のことはお任せください」


「ありがとうございます……あとで、きちんとお話ししますから」


俺自身、いまだによくわかっていない。

いや……わかりたくないが正解か。

結衣が聖女で、俺の敵ということが。





その後、外に出て、丘の上に立っていると……。


「主人殿!」


「アレス様!」


カグラやセレナ、アスナやオルガが駆け寄ってくる。


「皆……」


「アレですよね? 前世の話ですかー?」


「そうだと思ったので、レナさんやエリカさんは、エレナ様とカエラに預けてきました」


確かに、レナやエリカは俺が前世の記憶があることを知らない。

知らせても良いが、混乱させるだけだ。


「助かる。ふぅ……少し話を聞いてもらえるか?」


皆が顔を見合わせて、黙って頷く。


「ありがとう。さっきいた聖女……彼女の名前は、清水結衣——前世での俺の従姉妹で、俺の妹のような存在だ」


「それはエリカちゃんのような?」


「……いや、言い訳はよそう。妹であり……俺の好きだった子かもしれない。と言っても、気づいたのは死んでからだが」


振り返ると、カグラとセレナが不安な表情を浮かべた。


「だが、安心してくれ。和馬は、確かに結衣が好きだった。しかし、アレスである俺は……セレナ、カグラ、君たちを愛している。それは嘘じゃない」


「は、はぃ……」


「あぅぅ……良かったのだ」


そうだ、今の俺は和馬じゃない。

だから、ある意味で……結衣の言ってることは正しい。

俺は和馬の記憶と魂を持っているが、あくまでも俺自身はアレスだと。


「アレ? 私はー?」


「お前は……うん、頼りにしてる」


「むぅ……まあ、今は良いですけどね〜私は愛人枠ですし」


「まあまあ、アスナさん。それでも……大事な人なんですね?」


「ああ、それは間違いない。俺は、彼女を殺したくはない——殺せるわけがない」


和馬は、彼女に救われた。

あの子が、俺を家族にしてくれた。

おじさんやおばさんはもちろんだが、その娘である彼女が受け入れてくれたから……。

そのおかげで、両親を亡くしたけど……俺が孤独になることがなかった。



「むぅ……難しいのだ。でも、なんとかするのだ」


「敵意むき出しだったもんね。でも、やるしかないよね」


「御主人様を完全に敵と見なしてましたねー。さて、どうしますかね」


「そうなると、それを救うには……」


「……みんな……」


俺の個人的な願いに、みんな当たり前のように賛同してくれている。


俺は……前世でも、今世でも、恵まれているな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る