169話 未来への希望

 それから、数週間経ったが……。


 不気味なほどに静かな日々が続いていた。


 それが嵐の前の静けさなのかはわからない。


 ただ、一つだけ良かったことがある。


 それは……。





「アァァァァ!! イイイィヤァ!」


 部屋の中から、叫び声が廊下まで聞こえてくる。


「ど、どうしよう!?」


「義兄さん、落ち着いてください」


 いつもは冷静な方だが、流石に慌てた様子だ。

 本人は辛いだろうが、少し安心した面もある。

 本当に、ヒルダ姉さんを愛しているということだ。

 そして……これから生まれようとしている子供のことも。


「し、しかし!」


「そ、そうだ!」


 ……ただ、予想外だった。

 まさか、その父親までテンパっているとは。


「エラルド殿も落ち着いてください。不幸中の幸いと言いますか、今はセレナがいます。彼女を超える水魔法の使い手を俺は知りません。なにせ、最年少の宮廷魔導師ですから」


「そ、そうだね」


「う、うむ」


 という俺も、少し焦ってはいる。

 ただ、二人がそれ以上にテンパっていること。

 セレナを信頼しているから、まだ落ち着いていられる。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん……大丈夫?」


「師匠、だ、大丈夫なのかな?」


 今度は小さい妹たちが、泣きそうな顔をしている。

 本人たちには、夜も遅いから寝たほうが良いと言ったが……。

 生まれるまで待つと言って聞かなかった。

 この短期間なのに、レナまでヒルダ姉さんに懐いてしまった。

 まあ、グロリア王族の中、一人だけ女の子だ……なつくのも無理もない。


「大丈夫だ。カエラは、エリカが生まれる時にも手伝ったからな」


「そうなの!?」


「そうだぞ。だから、安心して待ってると良い」


「う、うん!」


「わ、わかったのじゃ!」


 そう言い、二人は手を繋ぐ。

 この二人も、仲良くなったものだな。


「何より……ヒルダ姉さんを信じましょう。あの方が、これくらいでくじけるとでも?」


「「「「……………」」」」


 四人が顔を見合わせ……頷きあう。


「アレス様」


「オルガ?」


「今……静かになってませんか?」


「言われてみれば……」


 次の瞬間——ヒルダ姉さんではない泣き声が聞こえくる。


「う、生まれたのだっ! 母子ともに無事なのだ!」


「カグラちゃん! 待って! すぐに部屋を開けないで!」


「わわっ!? ごめんなさいなのだ!」


 そう言い、再び扉が閉まる。


「良かった! 本当に良かった!」


「ふむ……」


 そして、親子二人が自然と握手を交わした。


「お兄ちゃん!」


「師匠!」


「ああ、良かったな」


 泣きじゃくる二人を優しく抱きしめる。


 ふぅ……とりあえず無事に生まれてくれたか。


 先行きは不安だらけだが……。


 この未来への希望のためにも、この戦い——負けられないな。


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