156話 外伝~ターレス~

 ふむ……とりあえず成功か。


 しかし、あの状況から逃げ出すとは……。


 ククク……やはり、アレス皇子は面白い。


「ターレス様、逃して良いのですか?」


「構わん」


 通路を歩きつつも、レイスに返事をする。


「しかし、命令違反になるのでは?」


「レイスよ、忘れるな。私は教皇猊下に従ってはいるが……完全なる忠誠を誓っているわけではない」


「そうでしたね」


 確かに猊下からは、アレス……神敵を始末しろと命令が来ている。

 もちろん、その手引きはした。

 ヘイゼルを堕落させ、黒い欲望を宿らせ、神器アスカロンに触れさせた。

 それこそが、気を熟した女神降臨の方法だからと。


「私はやることはやった。しかしそのあと、アスカロンの攻撃を防ぎ、ドラゴンを召喚し、仲間と連携しつつ見事に逃げたしたのはアレス皇子だ。その手腕と運の良さは賞賛に値する。そこに追い打ちをかけるなど……つまらんではないか」


「ええ、確かに。あの状況から逃げ出すのは難しかったはずですね。聖騎士の追っ手、家の周りには教会騎士達がいましたし。では、これからはどうなさるのですか?」


「ひとまず、形だけの追っ手は出しておけ」


「かしこまりました」


「そのあとは……とりあえず、ヘイゼルの状態次第だな。あとは、しぶとくも皇帝が生きていることと……」


「ライル皇太子……いや、ライル皇帝ですか」


「おっと、そうだったな。あの小僧が皇帝など……片腹痛いわ」


 私に逆らう気概は認めよう。

 私の呪縛を振りほどき、それなりに頑張っていることも。

 しかし……あまりに足りていない。

 奴には、人を惹きつけるものがない。

 異論はあるだろうが、個人的には為政者にとって、必要不可欠なものだ。

 それはラグナにも、アレスにもあるものだ。


「そうですか? あの感じだと、それなりやっていけると思いますが……近衛最強のゼトと、宮廷魔導師最強のコルンがついてますし」


「まあ、あの二人は厄介だな。しかし、あくまでもラグナに忠誠を誓っているに過ぎない」


「なるほど、その通りですね」


「経験も知識も……何より、圧倒的な胆力が。アレス皇子には、それがある。あの状況から生き延びることが出来る者が、どれほどいるか……」


「随分と買ってるのですね」


「……そうかもしれんな。いやはや、私も人の子だということか。予想を上回ることをされると、つい楽しくなってしまう」


「ええ、昔からの悪い癖ですね……それで、我々はどちらにつきますか?」


「教皇猊下が言うには、ヘイゼルに女神の意識が宿るそうだ。しかし、それはあまりに負担が大きい。故に、出てこれるのはわずかな時間だと。つまり、それ以外は普段通りのクズな訳だ」


「では、それをうまくコントロールして……」


「うむ、そういうことだ。あとはライルと対立させつつ……国内を混乱させる。そして、アレス皇子には神敵になってもらう」


「そうすれば、皇族の地位は落ちますね」


「それが元々の狙いだったからな。魔物の出現、皇族の争い……人々は絶望し、助けを求めるだろう——女神に」


 それこそが、教皇猊下の真の目的。


 人々の女神に救いを求める想い……それこそが、女神の力となる。


 アレを女神といって良いのかは……はだはだ疑問ではあるがな。

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