149話 降臨?

 大人しく椅子に座り、儀式が行われるのを待っているが……。


 ……なんだ? さっきから汗が止まらない。


 身体全体が震えそうになるのを、必死に堪える……。


 今すぐにでも、ここから逃げろと……誰かに言われてる気がする?


 いや……そんな声はしない。


 皇族用スペースという、慣れない場所で緊張でもしているのだろうか?






 俺がそんなことを考えていると……。


「アレス、平気か?」

「父上……すみません、少し緊張しているみたいです」

「ふん、普段からこう言う場に出ないからだ」

「それをライル兄上が言います?」

「……さっきの仕返しだ」


 なるほど、意趣返しってわけか。

 それにしても、堂々としているな……流石は、皇太子ってことか。


「そういうことですか」

「安心するといい、貴様の出番はないからな……大人しく座っていろ」

「アレス、ライルはこう言っている……兄さんに任せろと」

「ち、父上!?」

「なるほど、そういうことですか。兄上、心遣いに感謝いたします」

「ぐっ……覚えてろ」


 ……なんだか、悪くない時間だ。


 心なしか、リラックス出来たような気もするし。





 その後、進行役の元……解説や挨拶が済んでいく。


 その際にライル兄上の挨拶も聞いたが……文句なしだった。


 これなら、立派な皇帝になれるかもしれない。


 俺も、微力ながら……支えていこうと思う。


 そして、進行は順調に進み……いよいよ、最後のメインイベントとなる。


「続きましては……最後となります。神器——御登場です!」


 通路から、布に覆われた台が運ばれてくる。


 そして、その布が取り払われた時……。


「……なんだ?」


 それを見た瞬間——体全体に悪寒が走った。

 方天戟のような槍……ハルバードに近いか?

 見た目は、ただの槍に見えるが……。


「アレス、神器を見るのは初めてだな? 流石のお前も緊張するか。アレは、普段は皇城の地下深くに封印されているからな」

「そ、そうでしたね」


 いや、違う……緊張などではない。

 これは……恐怖? 誰が? 俺が? いや……違う?


「それでは、ヘイゼル殿下のご登場です!」

「おっ、始まるぞ……相変わらずか」

「ふん……見るに耐えん姿です」

「完全な不摂生な生活を送ってる証拠ですね」

「「「はぁ………」」」


 続いて出てきたヘイゼルの姿に……俺達三人だけがため息をつく。

 他の者も思っているだろうが、皇族批判になってしまうからな。

 それくらい、奴の身体は怠惰そのものだった。

 俺より小さい身長、ぶよぶよの身体……特に、その欲に染まった顔。


「矯正はできなかったのですか?」

「俺も忠告したが……無駄だった」

「父上、放っておきましょう。あいつは、部屋に閉じこもって出てこない。何もしないが、特に害はないですから」

「そうはいうが……」

「父上、兄上、始まりますよ」


 ヘイゼルが、アスカロンに近づき……手に取る。


『オォォォ——!!』


 それまで静かに見守っていた会場がどよめく。


 それもそのはず……アレこそが聖痕の証……。


 通称、本物の皇族の証……俺が出来損ないと言われる所以。


 だが、今はいい。


 俺には、それより大事なものがある。


 大切な家族と、頼りになる仲間が……。





 ◇


 ~ヘイゼル視点~



 くそっ! 馬鹿にしやがって!


 だから出たくなかったんだ!


 高いところから見下ろしている父親と兄弟……。


「奴らが気にくわない」


 兄上はいつの間にか、アレスと仲良くしてるし。


 アレスは出来損ないのくせに、いつの間にか偉そうにしやがる。


 あんな可愛い婚約者まで……アレは手に入れたいなぁ。


 それに、父上は小言ばかりだ。


 やれ、しっかりしろ、皇族してとかなんとか……うんざりだ。


「どうせ、俺は皇帝にはなれない」


 聖痕もあるし、風魔法の才能もあるのにだ。


 ライル兄上がいる限り、俺には回ってこない。


 だから、皇都を出てからは好き勝手に生きることにした。


 言われるがままに女を覚え、美味い飯を食べる。


 寝て起きて、女、酒、食い物……そんな素晴らしい日々だ。


「フフ……平民をいたぶるのは楽しかったなぁ……あと、お高く止まった貴族の女も……」

「あの? ヘイゼル様? 平気ですか?」


 おっといかん……今は儀式中だった。


 さっさと終わらせて、女でも漁りにいくとしよう。


 俺は前に出て、アスカロンに触れる。


「ふふ……これを持てること、それが聖痕の証」


 出来損ないのアレスにはないものだ。


 うん……やはり、あいつには勿体ない。


 あの聖女と呼ばれるセレナとかいう女……。


 あれは、俺のモノにしよう。


「最悪、攫ってでも……。帰ったら、仕事の依頼をするとしよう……ん?」


 なんだ? アスカロンが……。


「う、うわぁァァァ!」


 アスカロンが光り輝く!


 そして、その瞬間——俺の頭に声が聞こえた。


 ミツケタ……ヨウヤク……マサカ、コンナチカクニイタトハ……。


 ……ワガテキノケハイ……アレヲコロサナケレバァァァ!!


「ぁぁぁァァァ!」


 気がついた時、俺はアスカロンを掲げて投げる姿勢に入っていて……。


 その方向とは——。







 父上達がいる皇族用スペースだった。

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