147話 結衣の異変

 ……まただ。


「また、夢にあの子が出てきた。最近、また増えてきたよね」


 ううん、もうあの子なんて言えないよね。


 だって、もう私より大きいもん。


「多分、十五歳くらいかな? 見るたびに、少しずつ成長してるから」


 カッコいいけど、女の子をいっぱい侍られて……。


「なんで、こんなにモヤモヤするんだろ?」


 別にタイプでもないし、夢の中の話だし……。


「あれかな? 定期的に夢に出てくるからかな?」


 それに……最近、意識が飛びそうになるのも気になる。


「流石に、お母さんやお父さんには言えないし」


 他にも変な夢を見るし……勉強のしすぎかな?


 まだ高校二年生だから焦らなくても良いけど……。


 結構、無理してる自覚はあるし。


「少し勉強時間を減らして、運動でもしようかな?」


 適度な運動は勉強にも大事って言われたしね。


「そうと決まれば、まずは起きなきゃね」






 私はベットから降りて、一階のリビングへと向かう。


 日曜日なので、お父さんとお母さんがリビングで寛いでいた。


「お母さん、お父さん、おはよう」

「あら、おはよう」

「ああ、おはよう。最近、よく寝るな?」


 例の夢を見ると、寝る時間が増えるらしい。

 やっぱり、話した方がいいかな?

 でも、散々心配かけてきたし……難しいよね。


「うん、少し勉強しすぎで疲れたのかも」

「そうねぇ、最近頑張ってるものね」

「まだ高校二年生の九月……そうともいえないか。もう準備を進める時期か……何より、一年などあっという間に過ぎるからな」


 そう……一年は早い。

 和馬さんが死んでから、もうすぐ一年半になる。

 最近、ようやく泣かずに写真を見ることが出来てきたけど……。

 まだまだ、好きだった気持ちを忘れることはできないみたい。


「うん、そうだよね。でも、大丈夫。少し運動もしようと思って」

「そうだな、そういうのも大事だ」

「あとは、遊んだりするのも大事よ?」

「うん、そうするね」





 朝食を済ませた私は、早速朝のジョギングに出かけた。


「あれ? 身体軽い?」


 夏休みは勉強漬けの毎日で、運動はほとんどしてない。

 たまに、中村将吾に無理矢理外に連れ出されることはあったけど。


「そういえば、最近……あいつから連絡ないかも」


 いや、それはそれで助かるんだけど。

 いつも、下心丸出しで私に近づいてくるし。

 やっぱり、男性は和馬さんみたいに紳士的じゃないとね。


「なんか、夢に女神が出てきてうなされるとか言ってたっけ」


 私と同じように……あいつは運命じゃね? とか言ってたけど勘弁してほしい。


「でも……私も、時折声が聞こえる」


『もうすぐ』とか、『ようやく』とか……。


「気味が悪いよね……お父さんとお母さんにも言えないし?」


 あれ? ここ……駅前?


 気がつくと、駅前に到着していた。


 どうやら、考えに没頭していたらしい。


「でも、そんなに時間経ったかな……嘘」


 時計を見ると……家を出てから、十分くらいしか経っていなかった。


「ジョギングなら、三十分はかかるはずなのに……あれ?」


 何より……全く疲れていない。

 息も切れてないし、まだまだ余裕がある。


「全然、運動してなかったのに……なんで?」


 すると……自転車に乗ったおばさんに声をかけられる。


「お嬢ちゃん」

「はい?」

「これ、あんたのだろ?」


 その男性の手元には、私の髪留めがあった。

 どうやら、走ってる最中に取れてしまったらしい。


「あっ、すみません。どうもありがとうございます」

「気にしないでおくれ。それにしても、あんた走るの速いわね。自転車でも全然追いつけなかったわよ」

「へっ?」


 自転車で追いつけない……?

 そんなわけない、私はゆっくり走ってた……。


「陸上選手ってやつなのかい?」

「い、いや……」

「あら、違うのかい。勿体無いわね、そんなに運動神経良いのに」

「えっと……」

「人並みもすいすいと進むし、一向にスピードも落ちないし。おっと、いけない! セールの時間だったわ!」


 それだけ言い、その方は去っていく……。


 しかし、その言葉が気になった私は……公園に向かう。






 そして、驚愕する。


「嘘……ありえない」


 鉄棒で懸垂をしてみても、全く苦にならない。


 試しに軽く走ると……五十メートルはある道を、五秒くらいで到着する。


「なにこれ? 自分の身体じゃないみたい……」


 そして、ふと……視線に入ったバスケットゴールを眺める。


「……まさかね」


 三メートル近いそれを眺め、なんだかいけそうな自分に気づく。


 今までなら、リングにも触れないけど……。


「ものは試し……えいっ」


 最後に、恐る恐るジャンプすると……。


「へっ?」


 私の視線の高さは……


 地面に降り立った私は……。


「えっ? 嘘?」


 ……気味が悪い。


 なんだか怖い……。


 私の身体に、なにが起こっているの?





 ◇



 ……さて、行くとするか。


 この日は、ヘイゼル兄上の成人の日だ。


 面倒だが、出ないわけにはいかない。


「セレナ、お前は残ってろ」

「でも……」

「良い思いをしないとわかっていて、連れて行くわけにはいかない。俺の可愛い婚約者を、いやらしい目で見られたくはないし」

「はぅ!?」


 ヘイゼル兄上は、セレナを手に入れたいらしいからな。

 関わらせない方が良いだろう。


「では、拙者は……」

「いや、カグラも残ってくれ。今回の主役はヘイゼル兄上、そして皇太子であるライル兄上だ。俺が目立つわけにはいかない」


 カグラは有名人だからな。

 後輩達にも慕われているし、何より侯爵令嬢だ。


「むぅ……仕方ないのだ」

「ではでは、私だけですねー?」

「ああ、アスナには侍女としてついてきてもらう」


 母上やエリカは、もちろん出ない。

 レナも出ないし、カイゼルも護衛としておいていく。

 つまり、いくのは俺とアスナだけということだ。











 しかし数時間後……この決断を、俺は後悔することになる。

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