146話 胸騒ぎ

 あれから一ヶ月が過ぎ……。


 状況も色々と変化してきた。


 ザガンの父親は息子の罪により、爵位を剥奪され……。


 もう再起不能の状態に陥った。


 故に、放っておいても問題ない。


 こちらの思惑通りに、宰相にはグングニル-モーリス殿がついた。


 実直な人柄なので、無難といったところか。


 このような状況下なので、少々不安ではあるが……。


 少なくとも敵に回ることがないだけ安心ではある。


 新たな大臣には、近衛騎士団長であるゼトさんの身内がついた。


 これで、父上の地盤が整ったといっていいだろう。


 あとは、皇太子であるライル兄上のために地盤をさらに固めることだ。


 そして、然るべき時に……皇位継承を行うだろう。


 ライル兄上は十六歳になったから、この世界では別におかしなことではない。


 流石に今すぐというわけにはいかないが、数年の後に交代するかもしれない。


 その時、父親はもう初老に近い……何より、本来なら戦う方が向いている父親だ。


 慣れない責務によって、その疲弊度は凄まじい……。


 早く、楽にさせてあげたいものだ。


 母上やエリカとの時間を作ってもらい、楽しい時間を過ごしてもらいたい。


 母上もエリカも、もちろん俺も……それを望んでいる。


 そのためには……俺も頑張らないといけないな。







 そして、今日も稽古に励む。


「ヤァッ!」


 カグラが剣を振るうが……。


「遅い」


 俺は半歩ずれ、最小限の動きで躱す。


「くっ! 当たらないのだっ!」

「カグラ、君は強い。おそらく、大多数の敵や大物相手には恐ろしい存在となるだろう」


 躱しながらも、話を続ける。


「むぅ……」

「しかし、大振りするクセがある。一撃は恐ろしいが、躱すことも出来てしまう」

「そんなの、主人殿くらいなのだ」


 まあ、確かに……暴風と共に振られる剣を恐れずに躱すのは困難だ。

 しかし、俺が出会った聖騎士達……そして、ザガンの変身……。

 これから、もっと手強い敵が出てくるかもしれない。


「ふっ、そんなでは頼ることはできないな」

「むぅ……」

「おしまいにするか?」

「いえ! やるのだっ!」

「そう来なくては」


 カグラが剣を振るい、俺がカウンターを仕掛ける構図が続く。

 もちろん、俺にも課題はある。

 俺の剣がカグラに当たるが、傷一つついていない。

 これはカグラの身体強化魔法が強力なのもある。

 しかし、一番は俺の攻撃が軽いということだ。

 もっと、一撃の威力を高めるか……。

 それに頼るのもあれだが、強い武器が欲しいところだ。


「セァ!」

「甘いですな」

「わわっ!?」


 アスナはカイゼルに稽古をつけてもらっている。

 俺という主人に仕えるなら、今のままではダメだと。

 本来なら弟子はとらないが……まあ、俺のためということだろう。

 あとは、一応アスナのことを認めたということかも。


「ムゥ〜! このおじさん、相変わらず隙がないです!」

「おじさん……ははっ! そうだっ! ワシごときの攻撃を掻い潜れないようでは、アレス様の役には立たん!」

「わかりましたよっ! やりますよっ!」


 今やってるのは、槍のリーチを掻い潜り、相手に接近する鍛錬だ。

 カイゼルほどの腕前の持ち主から、それが出来たなら……相当なものだ。



「はい、レナちゃん。魔法はイメージですよ」

「は、はいっ!」

「自分を守ってくれる盾……そして、みんなを守りたいという気持ちを乗せることです」

「みんなを守りたい……わかったのじゃ!」


 こっちでは、レナがセレナの稽古を受けている。

 セレナ自身も教えることで、基礎鍛錬の見直しになると。


「レナお姉ちゃん! 頑張って!」

「う、うむ! 我が盾になれ——アースウォール!」

「そうですっ!」

「で、できたぁ!」


 レナの目の前に、高さ二メートルほどの岩の盾が出現する。

 あれならば、軽い魔法や弓矢から身を守ることも可能だろう。


「ほう? やるな」

「隙ありなのだっ!」


 俺がよそ見をしている間に、カグラが剣を振り下ろしてきたので……。


「それは——君かな」

「はわっ!?」


 足払いをかけ……カグラが前のめりになる。

 そして、その背中に……剣を突きつける。


「うぅー……ずるいのだ」

「ず、ずるくないさ」

「拙者ばかり弱くて役立たずなのだ……」


 い、いかん……この子は褒めて伸ばすタイプだった。

 どうやら、少し厳しくしすぎたか。


「そんなことないさ。いつだって頼りにしてる」

「……ほんとですか?」

「ああ、もちろんだ。ほら、これ終わったらお出掛けでもしよう」

「えっ?」


 俺の台詞に、その純粋な瞳が見開かれる。

 ……ほんと、良い意味で子供みたいだよなぁ。


「たまには婚約者とデートしないとな。御両親に怒られてしまうよ」

「ふえっ!?」

「さて、どうする?」

「い、行くのだっ!」

「じゃあ、かかってくるといい」

「はいっ!」


 再びやる気を取り戻したカグラと稽古をする。


 そんな中……俺の心には焦りがあった。


 なんだか胸騒ぎがする……杞憂だといいのだが。










 そして、皆それぞれ鍛錬を積み……。


 休みの日は、エリカやレナと街に出て遊び……。


 あっという間に時が過ぎていく……。


 そして……運命の日が訪れる。

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