139話 この時間のために

それから数日後……。


俺は父上に呼び出される。


「アレス、すまないな。ここんところ、お前に負担をかけて……」

「いえ、父上。まだ幼い妹や、これからの未来のためですから」

「そう言ってくれるか……ライルもしっかりしてきたし……あとは、ヘイゼルだけだが」


ヘイゼルは相変わらずらしい……怠惰な生活と性に溺れていると。

第二皇妃も、それを咎めようとはしないらしい。

あそこも、なんだが変な感じがするが……とりあえず、報告するか。


「あの……サスケ殿から報告がありまして」

「……やはりか? 女を買っていたか?」

「ええ、ヘイゼルの屋敷に送られていた者も……」

「そうか……」

「しかし、直接的には関わっていないようです。ただ、持ってこられた者に手を出したと」


だからと言って、何も良いことではないが。

だが……父上の沈痛な表情は見ていられない。

きっと……あんなのでも、自分の息子なのだろう。


「そうか……罪に問えるものではないな。我が皇族のイメージダウンにもなる……やりきれんな……せっかく、アレスが頑張ってくれているのに」

「いえ、それに関してはお気になさらずに。一人でも、わかってくれる人がいれば良いのです……それが敬愛する父上なら尚更のことですから」

「……俺は、良い息子を持ったな。こんな不出来な父親から……お前の前世は関係なく、俺の息子になってくれてありがとう」


そう言って、昔みたいに頭を撫でてくれる……。

こちらこそ……貴方が父親で良かった。

尊敬できる父親がいること……それは、当たり前のことではないのだから。





その後、話は変わり……。


「それで、結果的に……どうなりました?」

「ターレスを追求することはかなわんな……奴自身が動いた証拠がない。言い掛かりで終わってしまうし……下手すると、こちらがまずい」

「相当優秀な人がいるみたいですね。サスケ殿が、何人か送り込んだら……一人も帰ってこないそうです」


『不甲斐ない!申し訳ない!』と言い……。

サスケ殿本人が行こうとしたので、流石に止めたけど。


「ああ、いるな……常に側いる若い男が。代々続く家柄らしいが……特に貴族名があるわけでもない。古くより、ゲイボルグ家の当主に仕える一族というやつだ」

「そうですか……じゃあ、それ以外は?」

「大臣の一角が落ちたことで、色々と状況は変わってきた。腐った膿も、少しばかり消せたし……何より、新しい大臣にゼトの親類をつけることができそうだ。ゼトからも、お墨付きをもらっている」


父上専属の近衛騎士にして、伯爵家の者であるゼトさんか……。

カイゼルの弟子にして、俺の兄弟子でもある方だ。


「それならば安心ですね。その方を宰相に?」

「いや、そこまですると贔屓になってしまう。ただし、ゲイボルグ家だけにはやらせるわけにはいかん。ターレスのこともあるが、ダオスは自分の利益しか考えておらん」

「そうなると……法務大臣である、グングニル-モーリス伯爵ですか?」

「ああ、それが理想だ。あとは、いかにゲイボルグ家を抑えるかだが……」


ふむ……ならば、丁度いい奴がいるな。


「父上、実は個人的にサスケ殿に調査を頼みまして……ゲイボルグ家のザガンが、ハデス伯爵から女性を買っていたそうです……それも、自主的に」

「何? 裏切った相手であるハデス家から?」

「ええ、サスケ殿曰く……懐柔しようとしたのではと。息子であるザガンを取り込み、ダオス殿の弱みを握ろうとしたのでは?」

「なるほど……その可能性はあるか。うむ、引き続き調べるとしよう……ことは慎重にな」

「ええ、そうですね。では、ひとまずこれで」


もし、その時が来たなら……奴を仕留めるのは、俺の役目だ。







父上に報告を済ませたら……。


ひとときの安らぎの時間である。


「お兄ちゃん!」

「師匠!」

「主人殿!」

「アレス様!」


家に帰ると、次々と皆が抱きついてくる。


「お兄ちゃん! あのね!」

「師匠! 我が魔法を!」

「主人殿! どんな話を!?」

「もう! みんな落ち着いて!」


全く……ていうか、女性ばかりだな。

別に嫌ということはないが……オルガ、お前はどうしてる?


「みんな、すまないな。まずは家に入らせてくれるか?」

「そうですよー。御主人様が困ってますよ?」

「……行動と言葉があっていないのだが?」


いつの間か、俺の腕を組んでいるアスナがいる。

……油断していたとはいえ、俺が気づかないとは。


「えへへ〜、どうです? 成長期の私のは?」

「ノーコメントだ」

「むぅ……御主人は手強いですね」


すると……固まっていた二人が動き出す。


「ア、アスナァァ!」

「な、何してるんですか!?」

「うひゃー! 戦略的撤退です!」


セレナとカグラに追っかけ回されてるアスナを見て……。


「クク……」

「お兄ちゃん?」

「師匠?」

「いや、なんでもない。さあ、母上に挨拶をしよう」


いやはや、俺には勿体ないくらいの女性たちだな。

さっきまでの暗い気分が、何処かに消えてしまったようだ。




玄関に入ると……。


「アレス、お帰りなさい」

「母上、ただ今戻りました」

「ご苦労様……母は何もできないけれど……」


母上には詳しい話はしていないが……。

やはり、隠しきれるものではない。

色々と察してはいるのだろう。


「いいえ、こうして出迎えてくれる……それだけで良いんですよ」

「アレス……ええ、それが私が出来ることね。辛くなったら、甘えてもいいのよ? 一緒に寝たりとか、お風呂とか」

「い、いえ……俺もガキではないので」

「あら、残念ね。ふふ、じゃあ手料理でも食べる?」

「ええ、それなら喜んで。俺も、手伝います」

「わたしも!」「我も!」

「あら、良いわね。じゃあ、たくさん作ろうかしら」



ようやく笑顔になった母上と共に、台所に立つ。


こういう小さな幸せのために……。


これが当たり前になるように、頑張っていかないといけないな。





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