138話 ロレンソ

 その日から数日後……俺は、とある場所を訪れていた。


「ロレンソ」

「ア、アレス様……」


 皇城の一角にある特別な部屋だ……どこかの部屋に、ヒルダ姉さんの母親もいる。


「わ、私を殺しに来たのですか?」

「いや、俺自らが手をかけることはない」

「……そうですね……やはり、私は死ぬのですね……」


 その顔は達観した表情で……悲壮感は伺えない。


「当主の悪事は全て暴かれたからな。その嫡男であるお前も……罪は免れない」

「はい、わかっています……父上を止められなかった私にも責任があります。母はすでに亡くなっていますし……」


 サスケ殿に調べさせたが……ロレンソは、直接的に関わってはいない。

 異母兄弟達は、率先して手伝っていたが……ロレンソだけが逆らったらしい。

 その結果、暴行を受けて……隔離されていたというわけだ。


「何故、協力しなかった?」

「へっ?」

「こう言っては悪いが……お前なら、そういうことをすると思っていた」

「……無理もないです……そういう態度を取っていましたから」

「今までのは、お前の本心ではなかったと?」

「いや、そんなことはないです。平民は見下していましたから。それに、セレナにも嫉妬したり……その他にも色々と」


 しかし、その瞳は……まるで、憑き物が取れたかのように見える。


「お前は……本当は、どうしたかったんだ?」

「えっ? ……どうしたかったですか……」


 何やら考え込んでしまったので……黙って待つことにする。





 そして、数分後……。


「まずは……父上に認めて欲しかったんです」

「ああ、その気持ちはわかる。たとえ、親がどんなだろうと」

「それで学校に入って……命令通りにザガンに取り入って……でも、全然ダメで……試験の結果も良くなくて……コネで宮廷魔導師になったは良いけど……当たり前のことで、みんなから白い目で見られて……ちなみに、今はセレナさんに思うことはありません。彼女だけは、変わらずに接してくれましたから」


 ……セレナ……本当にいい子だ。

 少し腹黒いことは置いといて……優しい子だ。

 多分、ほっとけなかったのだろう。


「そうか……」

「その後は知っての通り……ただ父上の言うことを聞く日々……それに嫌気がさして……今に至ります」

「それで……

「……貴方達みたいに、楽しい学校生活を送りたかった……! 切磋琢磨できる仲間と一緒に……仲良く、時に厳しく……いつも、貴方達が羨ましかった……そして、身の丈に合った仕事について……人々の役に立つような」


 ……嘘はついてないか。

 それに、サスケ殿に詳しく調べさせたが……。

 今まで、大きな悪事に加担したことはないそうだ。

 何より、アスナからからも聞いている。

 一緒に過ごしてましたけど、悪い人ではありませんでしたよと。


「そうか……すまん、俺はお前を誤解していたようだ。救いようのない屑だと思っていた……俺が、もっと早く気付けばよかったな……」


 あの時……もっと、歩み寄っていたから……。

 クラスのみんなで仲良くして……成長して、あんなこともあったと語り合う……。

 そんな未来もあったのかもしれない。


「い、いえ! アレス様は忠告してくださいました。あの、卒業試験の時に……それから変わろうとして……でも、既に遅かったんです」

「……気が変わった」

「へっ? な、何を?」


 俺は刀を抜いて……ロレンソに近づいていく。


「お前を殺す……せめて、俺の手でな。苦しまないように……一瞬で」

「……そうですね……死にたくないですけど……では、お願いします」


 ロレンソが膝をついて、首を差し出す格好を取るので……刀を振り下ろす!









「あ、あれ? 首がある?」

「微動だにしなかったか……ロレンソ、お前を普通の生活に返すことはできない。だが、お前にその気があるなら……今からでも遅くはない。人々のために働く気はあるか?」

「わ、私をですか? な、何故?」

「過去は変えられない……だが、未来は変えられる。お前が変わろうとするなら、俺は応援しよう。人は間違う生き物だし、やり直せる生き物だからだ……よほど、真から腐ってなければな」


 幸い、ロレンソは大きな罪は犯していない。

 無論、当主の血筋を残すのは禍根となり得るが……。

 親が犯罪者だからといって、子供にまで類が及ぶのは……個人的には好きじゃない。


「や、やらせて頂けるなら……やってみたいです!」

「そうか……では、俺の方で父上に進言しておこう。無論、何年かは刑罰が待っているが」

「が、頑張ります! こ、今度こそ……!」

「その言葉を信じることはしない……が、これからのお前に期待はしよう」

「あ、ありがとうございます……!」


 涙を流すロレンソを背にして、俺は部屋から出て行く。


 そして、ひと気のない通路を歩いていると……。


「主人よ」


 暗闇からサスケ殿が現れる。

 どうやら、頼んでいたことを報告に来たようだ。

 人質が何処に送られていたかを……さて、どんな結果になるか。


「サスケ殿……それで、何処に送られていたのですか?」

「主だった上位貴族達はもちろんのこと……ゲイボルグ家にも送っていましたね。そして、受取人は……ザガン-ゲイボルグです」

「……そうか」


 奴は変わらなかったか……。


 ならば、責任の一端は俺にもある。


 覚悟しろ……もう、お前を許すことはない。

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