132話~アスナ視点~

 いや〜ここまで来るのに長かったですねー。


 ようやく、お役に立てそうですね〜。


 私は指定の位置で待ちながら、出会った頃を思い出す……。





 ◇



 あれは……入学式前だったかなー。


 無事にギリギリでSクラスに受かった私は、父上に呼び出された。


「アスナ」

「はい、父上」

「お前にはアレス様を観察する任務を与える」

「アレス様……出来損ないって聞きましたよ?」


 そう……まだあまり知られてはなかったけど、私の家は知っていた。


「ああ……だが、上二人は人格的に問題がある。いずれ変化するとしても、その下にいる大臣や役人どもが腐っている。我々とて、仕える主人は選びたい。その点、アレス様は人格的に問題なさそうだ。何より、後ろ盾がいないのも良い。というわけで、その器を調べろ」


 父上は、政治の道具である我が家に疑問を持っていた。

 その気持ちはわかる。

 来るのは、くだらない依頼ばかり……浮気調査とか脅迫とか人攫いとか。

 そんなことのために、長年の研鑽を積んできたんじゃないと。

 ただ……そう思っているのは、半分程度だったけど。

 腐ってるのは……我が家でも起きていたから。




 そのあと、父上の部屋から出ると……。


「あら、アスナじゃない」

「どうも〜リリス姉さん」

「相変わらず覇気のない顔……父上も何でこんな奴に……」

「さあ? ではでは、失礼しますねー」


 リリス姉さんは、単純な武力は私より上だ。

 でも、自尊心が強く感情の起伏が激しい。

 そんなんじゃ、暗殺者として失格だ。

 何より——それを自分で気づけないことが。

 あっちは正妻の子で、私は側室の子だから気にくわないのはわかるけど。

 まあ……だからって、命を狙うことはないと思うんだけど。






 そして、新しい生活が始まる。


 つまらない人生に退屈してたから、丁度良い暇つぶしになると思ってた。


「ふーん……瞳に暗いものがない」


 その家柄から、汚いものは散々見てきた。

 欲望の目、濁った目、腐った目……。

 どんなに真面目な人も、いずれはそうなっていく。

 それが貴族の世界だから。


「貴方は、そのままでいられるのかな?」






 それから数年間、観察を続けて……。


「あの人……全然、変わらない。いつだって真っ直ぐに前を向いてる」


 自分だって出来損ないとか、暗殺者に狙われたりしてるのに……。

 私は側室の子ということと、才能があることで疎まれてきた。


「あの人だって、上二人の兄に疎まれてるし……大臣や貴族にも馬鹿にされてる。何が違うんだろう? 私は、こんなにつまらないのに……」


 友達もいないし、母親も死んでいる。

 兄弟姉妹とは仲が悪く、父親とも普通の親子のような関係ではなかった。






 そして、観察を続けるうちに……ある心が芽生える。


「良いなぁ……」


 辛いことや苦しいことがあるのに、あんなに楽しそうで。

 あの中に入ったらわかるのかな?

 ……何かしたいとか、良いなって思ったのは初めてだった。





 そして、卒業間際になって……。


「父上」

「どうだ?」

「アレス様は面白い方です。下の者には威張りませんし、かといって媚を売ってるわけでもない……自然体って感じです。それでいて剣技は一流、魔法も一流です。しかも、あの人……私を撒きましたよ?」


 そう……あの人は、いつの間か消えていることがあった。


「何? すでに大人顔負けのお前が? ……面白い方のようだな。私の方でも調査をしたが……なかなかの人物のようだ。おそらく、仕事には正当な評価をしてくれるだろう」

「はい、それは間違いないかと。オルガという男爵子息や、セレナという平民にも、その腕と人柄を評価してました」

「ふむ……ならば我々も評価して頂けるかもしれん。何より、やり甲斐のある仕事をできるかもしれない」


 こうして、暫定的にアレス様に付くことが決定した。






 でも……それをよく思わない人もいる。


 アレス様に付くことを伝えた帰り道……。


 敢えて、暗くひと気のない道をゆく。


「……出てきたらどうです?」

「よく気づいたわね?」

「そんな殺気丸出しで、何を言ってるので?」

「う、うるさい! アンタには死んでもらうわ。悪いけど、お父様にもね。新しい当主には、私の夫がなるわ」

「なるほどなるほど……馬鹿ですね」

「なっ!?」


 どうやら、分家当主であり年の離れた従兄弟に付いたようです。

 そして、その裏には大臣や役人がいる。


「どうして、使い潰されるってわからないので? いずれ、切り捨てられますよ? 何より、あんな仕事して何が楽しいのです?」

「そんなことないわ! それに汚くたって、金さえもらえれば良いのよ!」

「はぁ……私達の祖は、国を良くするために尽力をしました。それが、今や罪無き人を罪人に仕立て上げたり……つまらない仕事ばかり」

「御託はいいわ——死になさい」


 物陰から、一斉に刺客が飛びかかってきますが……。

 その全員が、私ではなく……リリスに剣を向ける。


「へっ? ど、どういうこと?」

「馬鹿ですね。既に勝敗は決しています。戦う前に勝つことが、我々の仕事ですから」

「そ、そんな……!」


 あっち側についた人は、既に粛清されてます。

 今頃、分家の当主も父上に……。


「さあ、やってください」

「や、やめて! 私を誰だと!? アンタが、た、戦いなさいよ!」

「何故ですか? 姉さんの方が強いから嫌ですよー」

「ひ、卑怯よ!」

「はい、ありがとうございます〜……最高の褒め言葉ですね——さようなら」

「ひぃ!? や、やめ——ァァァ!」


 さようなら、姉さん。

 血の繋がりなんて感じたことなかったから、他人より遠い存在の人。




 ◇



 ……懐かしいですねー。


「あれから、様子を見て……」


 我が家は、本気でアレス様に付くと決めたけど……。


「その前に、既に私は決めていましたけどね〜」


 たとえ、家を背くことになってもアレス様に付くと……。


「だって……あの人ってば、私の欲しい言葉をくれるんだもん」


 ありがとうとか、良くやったとか、頼りになるとか……。

 そんな当たり前のこと、今まで言われてこなかったから……。


「まあ、我ながらちょろいとは思うけど……でも、多分……ずっと前から……」


 貴方を見つめていた六年間……。


 任務だからとか、仕える主人に相応しいとか関係なく……。


「恋に落ちていたんだと思うなぁ……」


 さてさて……正妻と側室にも認められましたし。


 ここらでバシッと決めて、ご主人様に褒めてもらおっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る