130話 懐かしき対面

 ……俺は目を逸らさずに、黙って父上の言葉を待つ。


 そして……。


「ハァァァァ——」


 父上が、大きなため息を吐く。


「正直言って、そうなると思っていた。そして、それが有効だということも……そして、任命するに当たり……父親ではなく、皇帝としての俺が……それを利用しろと囁いた」


(そうか……それもあって悩んでいたのか)


「いえ、それで良いんですよ。あくまでも、今は臣下の立場なのですから」

「そんなことはわかってる! ……す、すまん」

「いえ……その気持ちはとても嬉しいです。俺は父上を愛していますし、愛されていることを幸せだと思います。ですが、それではいけないのです。父上は、皇太子のことを優先してください。それが、この国のために……ひいては、俺たちのためになります」


(皇太子であるライル兄上が大人になったとはいえ……周りの家臣は、俺のことを良く思わないだろうし)


「俺とてわかってる……お前に肩入れしないことが、お前達を一番守る術だということは……! だが、それでは……!」

「父上……ご安心下さい」

「アレス?」

「父上が気兼ねなく俺達と接することができるように……俺、頑張りますから。だから、俺を遠慮なく使ってください」

「っ——!? ……ガキなのは俺の方だな。そうだな、そうできるようにするのが一番の近道かもしれん……」


(父上の顔には疲労が見え隠れしている……当たり前の話で、もう四十歳を軽く超えている。この世界では、もう隠居を考える年代に入ろうとしている……早く楽にさせてあげなくてはいけない)


「では、良いですね?」

「ああ、頼む……指令は追って出す。それまで、屋敷で待機してくれ」

「はい、わかりました」


 俺が席を立って、部屋から出る直前……父上のため息が漏れる。

 俺はすぐに踵を返して——父上を抱きしめる。


「ア、アレス?」

「父上、肩の力を抜きましょう」

「し、しかし……」

「そんな顔では、エリカに嫌われてしまいますよ?」

「……それは困るな」

「可愛い息子の頼みです……父上、俺をもっと頼ってください。そのために強くなったのですから」

「……それは聞かないわけにはいかんな」

「ええ、そうですよ……じゃあ、帰りますね」


 俺は振り返らずに、今度こそ部屋から出て行く。


「アレス様、ありがとうございます」

「いえ、ゼトさん。これも、俺の役目でしょう」

「陛下は、ここのところお忙し過ぎなのです。宰相がいない分、寝る間もなく働き……私には相談に乗ることくらいしか出来ないのが歯痒いです」

「そんなことありませんよ。ゼトさんっていう信頼できる人がいるから、俺達は父上の安全を考える必要がないのですから」

「……私まで励まされてしまいましたか。本当に、大きくなられて……引き留めて申し訳ありません——あとは私にお任せを」

「はい、父上をよろしくお願いします」


 ゼトさんにお辞儀をして、俺はその場を立ち去る。





 そして、城の中を歩いていると……太ったおっさんと細身の男が向かってくる。


「これはこれは……アレス様ではありませんか」

「ア、アレス様、お久しぶりでございます」


(出たか……財務大臣である、ハデス-レイガンか……そして、隣にいるということはロレンソか?)


 以前は傲慢さが滲み出ていたが……何か様子が違う。

 細身の長身にはなったが、視線も合わないし気弱な印象を受ける


「どうも、レイガン殿。ロレンソも、久しぶりだな」

「え、ええ……」

「ロレンソ、お前は黙ってなさい。それで、何か用事でも?」

「父上に会いに来ましたね。誰かさんが苦労ばかりかけるので」

「ほう? とんだ不届き者がいるのですなぁ」


(この狸め……お前のことだよ。最近のし上がってきたという話だが……)


 以前は、軍務大臣でもあるゲルボイグ-ダオスの下についていたが……。

 そこから鞍替えして、一気に財務大臣までのし上がったらしい。

 その裏には、ターレスがいるとも言われているが……。


「ええ、困ったものです。まあ、優秀なレイガン殿には関係ない話ですね」

「ほほ、その通りですなぁ。おっと、お時間をとらせてしまいましたな。どうぞ、お通りくださいませ」

「いえいえ、それでは失礼します」


 俺は顔には一切出さずに、その場を立ち去る。


 すると、今度は……。


「アレス様、お久しぶりでございます」

「アレス様、お久しぶりでございます」


 全く同じ言葉を、似たような雰囲気で言われる。


「これは、ダオス殿。それに、ザガンか」

「随分とご立派になられましたな」

「アレス様、ご活躍は聞いております」

「いえいえ、大したことはしてませんよ」


(さて……言葉こそ丁寧だが、俺を見下すことを隠しきれていないな)


 どうやら、こいつらは変わらないということらしい。

 ならば、特に用はない。


「それでは急いでますので」


 俺はすぐに、その場を立ち去る。


(おそらく、俺を確認しにきたのだろう。何をするのか、誰につくのか……)








 城を出た俺は、考えを巡らせる。


(財務大臣と軍務大臣、そして法務大臣か……)


 他にもいるが、その三人が宰相の座を巡って争っているって話だ。

 伯爵家であるハデス-レイガン、侯爵家であるゲイボルグ-ダオス……。

 そして法務大臣である、グングニル-モーリスか……。

 今まで、グングニル家は中立を貫いてきた。

 できれば、かの家になってほしいが……さて、どうなることやら。



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