108話急転直下

 その後、教会からの苦情はきたようだが……。


 何とか大ごとにならずに済んだそうだ。


 まあ、相手も無断で国境を越えているし……。


 いくら大義名分があると言っても、無茶を言ってる自覚はあるのだろう。


 しかし……それでも、度がすぎる。


 このままでは、何処かで……。







 あんなことあったが、概ね平和な時間が過ぎ……。


 「そっか、もう九ヶ月か」


 そんなことを縁側で考えていると……。


「師匠!」


 修行を終えても元気なレナが話しかけてくる。


「うん?」


「どうしたのじゃ!? ぼけっとして!」


「ごめんな、少し考え事してた」


「わ、我が相談に乗ってもいいのじゃぞ!?」


「ありがとね、レナ」


「べ、別に……」


「あらあらー、照れちゃってますね」


 その後ろから、アスナもやってくる。


「そんなことないのじゃ!」


「アスナ、その辺で。何か用があるんだろう?」


「ええ、お手紙ですよー」


「おっ、届いたか。じゃあ、ちょっと自主練しててな」


「はいっ!」


 元気よく返事をして、庭に出て行く。

 うんうん、少し生意気だけど、可愛い弟子だこと。






 自室に戻り、手紙を読む。


 手紙の往復で1ヶ月はかかるから、そんなに来るものではないが……。


 やはり、嬉しいものだな。


「カグラさんに、セレナさん、オルガ君、妹君からですね」


「いつもの面子だね」


 それぞれの手紙の内容を確認する。

 といってもたわいもない内容だ。

 俺の立場は特殊だし、秘密も多い。

 書く内容は検分されるので、書けないことも多い。

 ほんの日常のことや、元気にやっているということくらいだ。


「それにしても……九ヶ月か」


「早いですねー。慣れてからは特に」


「そうだな。でも、良かったよ。皆も元気そうだし」


「まあ、元気なのがわかってれば良いですよねー。もっと頻繁にやり取りできたら良かったんですけど」


「いや、これくらいで良いさ。便りがないのが良い知らせって言うし」


「えっと……?」


 ……しまった、これは前世の言葉だ。

 ……やはり、そろそろ話すべきだろうか?


「アスナ——」


 俺が言葉を発しようとした、その瞬間——慌ただしい足音が聞こえる。


「師匠! 大変なの!!」


「レナ? ……何があった?」


 部屋に入ってきたレナの顔は真っ青だった。

 これは、相当なことが起きたに違いない。


「ち、父上が……! お、お兄様が!」


「落ち着いて、ゆっくりでいい」


 優しく頭を撫でる。


「あっ——ち、父上が死んだって……お兄様が殺したって……」


「……穏やかではないね。それは、誰から?」


「えっと……近衛騎士長のアランドルが……」


「そうか……それで、ロナードが下手人だと疑われていると?」


「う、うん……でも、わたしは信じないのじゃ!」


「ああ、俺もそう思う。今の状況は?」


「えっと……アランドルが、これから調べるって」


「エミリアさんは?」


 こんな時は、あの人が頼りになるはず。

 俺とて戦えば、ただでは済まない相手だ。


「い、いないのじゃ……一緒に捕まったのかな?」


「ふむ……」


「あの人が捕まりますかねー?」


「ロナードを人質にでも取られたか?」


「そ、そうだと思うのじゃ!」


「可能性としては高そうですねー。それで、我々については何か?」


「確か、ここで待機だって……あとで取り調べもするって」


「なるほど、俺達も疑われていると」


「まあ、他国の人間ですからねー」


 ……さて、どうするのが正解だ?

 動いたら、犯人だと言っているようなものだ。

 しかし、ロナードを処刑されるのは……後々面倒なことになる。

 何より、友を死なせたくない。


「……まずは様子見が正解か」


「そうですねー、情報が少なすぎますし。まだ、処刑されると決まったわけでもなさそうですし」


「それよりも、王太子の動きが気になるな……」


「ライト兄上が王位についたら、国が荒れてしまうのじゃ……」


 ……やはり、そういった人物なのか。

 というか……一番怪しいよな。


「ご主人様」


「ああ、わかってる。その可能性もあることは」


「ま、まさか……ライト兄上が」


「レナ、そこまでだ。まだ憶測の域を出てない」


 ただ、誰が一番得をしたかと考えると……一人しかいないが。






 モヤモヤした気持ちのまま、一日が過ぎ……。


 翌朝、事件は起きた。


「ご主人様!」


 朝食を済ませ、使いの者が来るのを待っていた俺たちの耳に……。

 外で、人々が争う声が聞こえてきた。


「わかってる! ダインさんも!」


「はいっ!」


 三人で玄関まで行くと……。


「お嬢様! お逃げください!」


「そ、そんなこと!」


 執事長のセバスさんと守衛達が、入ってこようとする兵士を押しとどめている。


「し、師匠!」


「アレス殿! お逃げください! これは内乱です!」


「内乱?」


「ロナード様を助けようとする一派と、王太子派が争いになっております! こやつらはロナード様への人質のために、レナお嬢様を捕まえにきたのです! そして、貴方は加担したと疑われております!」


 ……どうする?

 他国の皇子である俺が、内乱に首を突っ込むのは国際問題になる。

 しかし、このままじっとしていても……俺自身の身がどうなるかはわからない。

 そもそも、最初から色々とおかしい。

 誰かが仕組んだと言わんばかりの流れ……。


「し、師匠! た——助けて!!」


 ……良いだろう、流れに乗ってやる。

 弟子に助けを求められて、助けない師匠など糞食らえだ。


「アスナ、ダインさん」


「ご主人様の御心のままに」


「俺も同じです。アレス様についていきます!」


「二人共、ありがとう。その気持ちを嬉しく思う」


 さあ、そうと決まれば行動あるのみ。


 俺は、眼下に広がる兵士達に突撃を仕掛ける。





 ……できるだけ、殺さないように。


 刀を構えて、手足に傷をつけていく。


「ぎゃあ!?」


「ぐはっ!?」


「は、速いぞ!」


 縦横無尽に駆け回り、狙いをつけさせないように動く。


「アスナ! 背中は任せた!」


「了解です!」


「ダインさんはレナを!」


「はいっ!」





 そして、何とか押し返すことに成功する。


「ふぅ……どうにか、追い払ったか」


「これからどうします? 大人しく捕まっても、悪い予感しかしないですけど」


「同感だ。何か仕組まれる感じがする。とりあえず、ロナードさえ助けることができれば良いはず」


「そうですよねー、そうすれば私達の疑惑も晴れますし」


「だが、これからが」


「ご主人様!」


 突然、アスナが俺に覆いかぶさる。


「アスナ!?」


 その背中からは血が流れている。


「へ、平気です……」


「な、なぜなのじゃ!? エミリア!! どうして——師匠を狙ったのじゃ!?」


 館の中を、レナの声が響き渡る。


 その視線の先には、氷のように冷たい顔をしたエミリアさんがいた。




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