104話くノ一アスナ

 気を取り直して、街を散策する。


 そして、貴族御用達の服屋に向かう。


「そういえば……この地の領主は、なにをしているんですか?」


 あの兵士達の横暴を許しているのだろうか?


「うむ……我が国は、領主はいないのだ。いるのは数年おきに変わる代官と言われる者だけだ」


「なるほど……そうなると権力も薄いですね。故に、ああいったことにすぐに対処出来ないと」


「その通りだ。以前はいたのだが……領主が反乱を起こしてな。教会と結託したのか、甘い話に乗せられたのかはわからないが」


「力を持たせすぎたと?」


「そうとも言える。教会に対抗するために、色々と工面をした結果……調子に乗ったのかも知れん。流石に昔のことなので、詳しいことはわからないがな。ただ、それ以降は力を持たせすぎないように、あとは癒着しないようにしている」


「あっちを立てれば、こちらが立たないですか」


「うむ、歯痒いがな。そのバランス能力に優れた者がいれば、話は早いが……その代だけがしっかりしててもな」


「そうですね……」


「アレス様、その辺にしときましょー? ところで、あれは何ですかね?」


 どうやら、その服屋の前に到着したらしい。

 空気を入れ替えるためか、アスナが俺の服を掴んで言った。

 こういうところは、物凄く有難いなと思う。


「あれは忍び装束なのじゃ!」


「へっ?」


「アレス様? なに面白い顔をしてるんですか?」


「おい? 仮にも主人に向かってなんて言い草だ」


「ハハッ! お主達もよい主従関係ではないか! やはり、それくらいのが良い」


「ロナード殿まで……しかし、忍び装束か」


 レナちゃんが指差す方向には、確かにそれらしき物が置いてある。

 黒い布に、動きやすそうな服装だ。


「へぇ……カッコいいですね。あれは、どんな人が着るんですか?」


「レナ、説明できるな?」


「はいっ! ……えっと、迷い人が着ていた物で……くノ一って呼ばれる人達が着てたみたいなのじゃ。高貴な人の護衛や、他国への諜報員として働いていたとか。そして主人と認めた者に仕えるらしいのじゃ」


「へぇー!? わたしみたいですね!」


 ……忍者とかくノ一って本当にいたのか?

 まあ、それらしき者がいたという本は見たことあるが……。


「アレは珍しいのですか?」


「ああ、魔石などでコーティングしてあるはずだ。見た目は軽装だが、防御力は高いだろう」


「なるほど……うん、そうするか」


 俺はアスナを見つめる。


「えっと……アレス様?」


 ……もう、信頼してもいいだろうか?

 この一ヶ月怪しい動きや、俺をどうにかしようと行動は起こさなかった。

 あえて隙を作ったりしたのだが……もちろん、完全にいうわけにはいかない。

 だが、少しずつ歩み寄る時なのかもしれない。


「ロナード殿、アレを購入しても良いですか?」


「うむ? ああ、もちろんだ」


「カグラさんにですかー? それとも、セレナさんに?」


「いや、お前にだ」


「へっ——わ、私ですか!?」


「ああ、これまでの働きに対する報酬と——


「あっ——えへへー、そうですか〜」


 そう言って嬉しそうにしている。


「お兄様? どういうことなのじゃ?」


「ふむ……まだ正確には主従関係ではなかったということか」


「ええ、まあ……こちらにも色々とありまして」


「なるほど、お主も苦労しているな」


「アレス様、早く買いましょうよー」


「へいへい、わかりましたよ」


 ニヤニヤが止まらないアスナに引っ張られ……。

 自腹をはたいて、その黒装束を購入する。

 ……めちゃくちゃ高かったんですけど?







 その後は、特に問題が起きることなく……。


 日が暮れる前に、王都に帰還する。


「ロナード殿、ありがとうございました」


「なに、気にするな。俺とて気分転換になった。こちらこそ、すまぬ。あのような輩を見せてしまった」


「いえ。出来事自体は不愉快でしたが、知れて良かったです」


「そうか……いや、今はまだ良いか」


 意味深なセリフを残して、ロナード殿は去っていった。


 ……やはり、教会について思うところがあるのだろうな。







 その日の夜……。


「アレス様」


「ん? アスナ?」


 珍しく普通にノックをしてきたな……。

 いつもなら隠れてるか、こっそりと入ってくるのに。

 いや、あえて油断させるパターンか?


「入っても良いですかー?」


「ああ、良いよ」


 そして、入ってきた姿に驚く。


「おおっ!」


「へ、変じゃないですかね?」


「ああ! よく似合ってる!」


 思わず本音で声を荒げてしまう。

 つい日本人としての、和馬の意識が表面化してしまった。


「そ、そうですか……照れますね」


 くノ一のような黒装束は、セミロングの黒髪によく似合っているし。

 手足が長く、シュッとしたスタイルのアスナが着るとカッコいい。


「いや、ごめんね。でも、買った甲斐があったよ」


「あ、足がスースーしますけど……着て良かったですねー」


「なるほど、それを見せにきたと?」


「それもありますけど……」


 そういうと、膝をついて頭を下げた。


「アスカロン帝国第三皇子アレス殿」


 これは……なるほど、そういうことか。


「ああ、なんだ?」


「私、アスナ-ルーンは——である貴方様に忠誠を誓います」


「そうか。それは家や国は関係なく——俺個人につくという意味で良いんだな?」


「はい、そのようにお受け取りくださいませ」


「俺の手足となり、俺のために働くと誓うか? ——俺のために死ねるか?」


「っ——!! もちろんです!」


 顔を上げ、物凄く嬉しそうな顔をする。

 ……やはり、これで正解か。

 俺個人としては、そういう関係は好まないが……。

 本人が望んでることと、これからのことを考えれば……致し方ない。


「なら良い。では、アスナ——正式に、お前を俺の傍付きに命ずる」


 傍付きとは主人の手足となり、身の回りの世話や、護衛をする者である。


「は——はいっ! ありがとうございます!」


「ただし、完全に信頼したわけではない。それは、これからの働きでもって証明するがいい」


「それが道理でしょう。まだ、信頼を得てないことは理解しております」


「では、俺の信頼を得たければ……行動で証明しろ」


「御意」


「…………」


「…………」


 二人で、顔を見合わせたまま沈黙する。


「ハハッ!」


「ふふ……」


「さて、真面目くさった会話は終わりにしよう」


「そうですねー、疲れちゃいますから」


「さて、すり合わせを行おう。俺を主人と認め、忠誠を誓うと?」


「はい、そういうことですねー」


「だが、家のことなど……まだ、話してないことがあるよね?」


「それは……」


「いや、それは追々で良い。俺も、話せない内容はある。それは、これからの付き合いで判断するとしよう」


「わかりましたー。では、ひとまずはこれにて——ご主人様」


「へっ? 呼び名はそれでいくの?」


「ダメですか? 普段はメイドですし、違和感もないと思いますけど?」


 ……言われてみればそうか。

 いかんいかん、和馬の意識があると変な感じになる。

 可愛いメイドさんにご主人様……カグラにぶん殴られないと良いなぁ。


「まあ、良いや。じゃあ、改めてよろしくね」


「はーい。では、失礼しますねー」


 そう言い、アスナは部屋から出て行った。


 ……まあ、少しずつ距離は縮まってきたかな。


 戦闘能力は申し分ないし、回復魔法の腕も上がってきたし。


 身の回りの世話は完璧だし、隠密性も上がってきた。


 言い方はアレだが……これなら、役に立ちそうだ。


 ただ本当に彼女の力を発揮させるためには……。


 いずれ、闇魔法を使えることを教えるべきなのだろう。


 幸い、まだ時間はある。


 ここで過ごす日々の生活で、それらを判断していこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る