102話国境付近の町にて

 そんな日々を過ごす中……。


 久々にロナード殿が訪ねてきた。


「久しいな、アレス殿」


「お久しぶりです、ロナードさん。お忙しいみたいですね?」


 ここを動けない王太子の代わりに、国内のあちこちを回っているらしい。

 というか、俺は王太子に未だに会っていない。

 なんでも、忙しいと言われているが……どうだかね。


「まあ、仕方あるまい。兄上や父上は、中々動くことができぬ」


「ご苦労様です。それで、今日はどうしたのです?」


「いやなに、外出の許可が出たのでな」


「ほんとですか? ありがとうございます」


 流石に一ヶ月待つ必要はあったが、ようやく外に出られるな。


「それと、レナはどうだ?」


「ええ、大分上達しましたよ」


「そうか、感謝する。あれには、寂しい思いをさせているからな。新たな兄ができて嬉しいようだ」


「そうなんですかね。さあ、こちらにどうぞ」




 庭に案内すると……。


 エミリアさんとアスナが見守る中、一人で訓練をしていた。


「お兄様!」


「レナ、頑張ってるそうだな?」


「はいっ! 師匠! お願いするのじゃ!」


「クス……ああ、そうだね」


 早く見せたくて仕方ないようだな。




 面と向かい合い、それぞれ構える。


「打ち砕のじゃ! ストーンバレット!」


「ファイアボール」


 石の弾を、炎の玉で相殺する。


「おお! レナが魔法を……」


「えへへ……」


「まだまだ下級ですけどね。それに、精度も良くない」


「うぅ……師匠は厳しいのじゃ」


「ハハッ! それくらいの方がいいではないか! お前は少し甘やかされすぎだからな。いやいや、お主に任せて正解だった」


「ほんとですよ、お嬢様ったらいい子になっちゃって。少しつまらないです」


「ほんとですよねー。じゃあ、私と遊びますかー?」


「良いですね。では、追いかけっこでもしますか?」


「ムムム……負けないですよ」


 二人はそう言うと、そそくさと退散した。

 あの二人も仲良くなったよなぁ。

 まあ、元々のタイプが似ているのだろうな。


「アレス様、今日はどうしますか?」


「何か、予定は入ってるかな?」


 ダインさんは地味だが、色々と細々したことをやってくれるので助かる。

 俺のスケジュール管理や、面会の予約などもやってくれている。

 おかげで俺は、自由に動くことが出来ている。


「今日は、今のところないですね」


「では、このままいくとするか?」


「良いのですか?」


「ああ、今日は非番の日だしな」


「なら、なおさらゆっくりした方が……」


「お気遣い感謝する。しかし、お主と過ごすのが気晴らしになるのだよ。あと、レナの相手をしてやらんとな」


「お、お兄様! わたしも行ってもいいの!?」


「ああ、父上から許可は下りている。準備をしてくるといい」


「はいっ!」


 元気に返事をして、家の中へと入っていった。


「クク……すっかり子供らしくなりおって」


「そうですね。でも、今だけは許しても良いのではないかと」


「うむ、その通りだな。では、その間……気晴らしに付き合ってもらうとしよう」


 模擬剣が宙を描いて飛んでくる。

 それを、片手で受け止める。


「ええ、良いですよ——出掛けられると良いですね?」


「ほう? 俺が怪我をすると? ……面白い」


「「ハァ!」」


 剣と剣が交差して、激しくぶつかり合う。


 最近は、会うとこんな感じになる。


 少しの冗談も通じるようになり、少しずつ仲良くなっていると思う。







 着替えとかくれんぼ?を終えて、皆が庭に戻ってくる。


「つ、疲れましたー」


「やりますね。なるほど、アスカロン帝国の諜報員も優秀なわけです」


「どうする? 残ってるか?」


「いえ! 行きますよー! こんな機会はないですから!」


 珍しく興奮した様子だな。

 というか、俺達に慣れてきたのかも。

 一ヶ月間、朝から晩まで顔を合わせているわけだし。





 ダインさんとエミリアさんに留守番を任せ、四人で行くことにする。


 王族専用の馬車に乗り込み、これからの予定を聞く。


「まずは、どうするのですか?」


「うむ、お主が気になっているところに行こうかと」


「……教会付近ですか?」


「ああ、そうだ。流石に入国はできないが、その手前の街まではいけるよう手配した」


 もしかしたら、最近顔を出さなかったのは……。


「ありがとうございます」


「気にするな。俺自身も気になっているからな。最近、瘴気の出現回数も増えているようだ」


「やはり、こちら側でもですか……わかりました、では案内をお願いします」


「ま、魔物がでたらどうすれば良いのじゃ?」


「安心しろ。俺が必ず守り抜く。それに、頼りになる師匠もいるだろう?」


 レナちゃんの視線が、俺に向けられる。


「まあ、師匠だしね。できる限り守るとするよ」


「う、うむ! なら安心なのじゃ!」


「クク、俺より信頼されてそうだな?」


「いえいえ、そんなことはないですよ。いつも、お兄様はいつ来るかと言っていますから」


「そうですよー。寂しそうにしてますよ?」


「う、嘘なのじゃ! してないもん!」


 顔を真っ赤にして、そんなことを言うが……。


「ほう? さみしくないと? ……では、頻度を減らし」


「うぅー……」


「クク、悪かったよ」


「レナちゃん、別に寂しいことは恥ずかしいことじゃない」


「師匠……でも、わたしは王女だから」


「ああ、その気持ちはわかる。でも、信頼できる人の前では我慢することはない。そして、その方が相手も喜ぶからね」


「お兄様……?」


「ふっ……まあ、アレス殿の言う通りだな。レナ、人は一人では生きていけない。希に生きていける者もいるが、どこかしら歪んでいくものだ」


「そうですね。一人が平気なのと、一人が好きかは別物ですしね」


「わたしは……一人は寂しいのじゃ……嫌いなのじゃ」


「ならば、見極めよ。お主は生まれから、全員と仲良くというわけにはいかん。この人は信頼して良いか……そういったことは、将来のお前の役に立つ」


「し、師匠は信頼できます!」


「ああ、それには同意する。相手の立場になって考えることのできる皇子など希なことだ」


「そっか、ありがとね。じゃあ、期待を裏切らないようにしないと」







 そして、国境の町グラハムに到着する。


「へぇ……なんか、塔みたいなのがありますね」


 普通の家の中に、不自然に大きな塔が立っている。


「うちの国とは違いますよねー」


「なに、ただ見栄を張りたいだけだろう。あんな建物、壊してしまえばいい」


「随分と過激ですね」


「アレは教会の建物だからな。国境付近とはいえ、我が物顔で建物を建ておって……」


「アレが……」


「お兄様! アレを!」


 レナちゃんの視線の先には……。


 鎧を着た男たちに、女性と女の子が恫喝されている。


 ……どうする? 他国で揉め事を起こすわけには……。


 それにしても、周りの兵士たちは何故止めない?




「おい! どうなってやがる!」


「す、すみません! うちの子が……」


「お、お母さん……」


「ぁぁ!? 俺様にぶつかって、謝って済むと思ってんのか!?」


「隊長、この女……子持ちですけど良い女ですぜ」


「うん? ……そうだな、罪は母親に償ってもらうか」


「や、やめてください! 誰か!」


「ヒャヒャ! 俺たちは教会所属の騎士だぜ! 逆らえる奴なんかいるわけがないだろうが!」


 ……アレが、教会の騎士? あんなクズみたいのが?

 どうやら、子供がぶつかったらしいが……それだけで?


「アレス様、殺気を抑えてください。流石にまずいですよ」


「わかってる……!」


「お兄様……」


「ああ、わかってる……アレス殿、俺の後ろについてきてくれ」


「えっ? ……わかりました」


 とりあえず言われた通りに、ロナード殿の後をついて……奴らの元に行く。


「さて、何事かな?」


「ぁぁ!?」


「あっ! ロナード様!」


 兵士たちが、ロナード殿に気づいたようだ。


「ロナード?」


「隊長、まずいですぜ。こいつ、この国の王子です」


「ぁぁ? ……ああ、いたなそんな奴。妾の子の分際で偉そうにしてるとか。おい、今なら許してやるからさっさと消えろ」


「そういうわけにはいかんな。その者は我が国の民な故。お引き取り願おうか?」


「なんだと……? 教会に逆らうのか?」


「そんなつもりはないが……ただぶつかっただけで、この仕打ちとは——教会の騎士の名が泣くのでは?」


 そう言って、堂々と睨みつけている。

 すごい胆力だな……相手の土俵に上がらず、冷静に対応している。

 俺でこれなのだから、本人の怒りはどれほどのものか……。


「くっ……」


「隊長、流石に……ここは他国ですぜ」


「チッ! ……このことは、きっちりと報告するからな——覚えておけ!」


「ああ、好きにすると良い」


 そうして、その二人は去っていった。


 これが——俺と教会の者との、初めての出会いだった。

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