100話模擬戦

 ふぅ……どうにか認められたか。


 俺自身、教えることで身につくこともあると思うし。


 エリカのような年頃の子に、ああも頼まれてしまってはなぁ。


 だが、これで問題なく教えることができる。





「アレス殿」


 一安心していた俺に、ロナード殿が近づいてくる。

 ……模擬剣を二本持って。


「ロナード殿……」


「すまぬが、お相手をしてもらえるか?」


 俺は国王陛下に、視線を向ける。


「うむ、余からもお願いしたい」


「そういうことでしたら……お相手になりましょう」


「感謝する」


 模擬剣を受け取り、少し離れて対峙する。


「では、私が審判を務めさせて頂きます」


 近衛騎士長であるゼストさんが、俺たちの間に立つ。


「準備はよろしいですか?」


「「いつでも」」


 俺とローレン殿の視線がかち合う。


「危険だと思ったら私の判断で止めます——始め!」


『め』の言葉と同時に、二人とも距離を詰める。


「セイァァ!」


 裂帛の気合いの共に、大上段から剣が振り下ろされる!


「ハァ……!」


 それを剣先で受けつつ、力に逆らわずに、力の方向を真下に受け流す。


「むっ……! 手応えがない……完全に受け流したか」


「どうしても、体格差はありますからね」


 俺との身長は20センチくらい差があるし、体の大きさも桁が違う。

 いくら魔力強化したところで、その不利は否めない。


「面白い……ゆくぞ!」


「ええ!」


 両手持ちから剣が振り下ろされる。

 その度に風が凪ぎ、土が舞い、俺の神経を刺激する。

 ……楽しい。

 正確無比で堅実な剣さばきだが、それらが完成されている。


「避けるのは上手いようだな?」


「まあ、この見た目なので。ですが、それではつまらないですよね——まいります」


 トーン、トーン、と軽く飛び跳ねる。


「むっ……?」


「シッ……!」


 相手の息の吐き終わりを狙い、一気に距離を詰める!


「くっ!?」


 模擬剣を叩きつけるが、咄嗟に防御される。


「続けていきます」


 体格差の不利を補うために、地を這うように疾走する。

 そして、下から剣を叩きつけていく!


「チッ! やり辛いわ!」


 下から襲うことで、相手は視線を下げざるを得ない。


「卑怯ですか?」


「ハハッ! そんなわけがあるか! 己の利点を生かしているだけではないか!」


 俺は体の小ささと、速さに加え、舞うように剣を叩きつける。


「な、なんと……」


「ロナード様が防戦一方ではないか……!」


「あの方は、我が国でも有数の強者なのに……」



 一度、距離を取る。


 そして、双方剣を収める。


「いやはや、強いな」


「いえ、そちらこそ。結局、一発も決定打は出ませんでしたから」


 この方は堅実な守備が安定している。

 あまり動き回らずにどっしりと構えるタイプのようだ。

 動いて撹乱する俺とは、正反対のタイプかも。


「こちらなど、カスリもしなかったぞ。だが、良い稽古になった。そうか、では俺の稽古相手になってくれるだろうか?」


 ……それが狙いだったのか。

 恐らく、自分のためと……俺のために。

 そのために、家臣の前で見せる必要があったということか。

 その強さよりも、その気配りや頭の回転の方が凄いかもしれない。

 そして、俺のことを認めさせる意味も……現に、周りの声に耳を傾けてみると。


「おい? 見たか?」


「ああ、魔法も一流で剣も凄まじい」


「これならば、レナ殿下やロナード様のお相手に相応しい」


「まったく、噂など当てにならないではないか」


「礼儀正しい方だし、これなら上手くやっていけそうだ」


 ……概ね、好印象といったところか。


 まあ、俺が他国の人間ということもあるのだろう。


 どんなに優秀であろうとも、自分の地位を脅かすことはないからな。


「静まれ」


 国王陛下のお言葉に、家臣たちが静かになる。


「ロナード、どうだ?」


「申し分ない強さかと。しかも、まだまだ発展途上かと」


「そうか……ふむ、有望株かもしれんか。これならば、あるいは……」


 ……ん? どういう意味だ?


「えっと……」


「うむ、そなたの力はわかった。それだけの腕があれば腐らすのは嫌であろうな。都市にある訓練所を解放するので、そこを自由に使うことを許可しよう」


「ありがとうございます」


 これは、本当に助かる。

 カグラやセレナ、オルガだって頑張ってるはすだ。

 今度会うとき、恥ずかしくないようにしておかなくては。





 その後、ロナード殿と共に馬車に乗る。


「……さてアスナ、もういいぞ」


「ふぁー、疲れましたねー」


 ずっと黙っていたアスナが大きく伸びをする。


「うむ、完璧なメイドであったな。まともな時のエミリアに通ずるものがある」


「あの方も、恐らく同類ですからねー。わたし、あの人に教わろうかな?」


「奴が許可したなら問題ないだろう」


「じゃあ、交渉してみますねー」


「ロナード殿、色々とお気遣いしてくださり、ありがとうございます」


「何、気にするな。俺とて、これから妹が世話になるのだからな。生意気な妹だが、よろしく頼む」


「ええ、できる限りのことはします。魔力制御なら自信がありますから」


「アレは凄まじかったな……剣の腕も」


「いえ、まだまだ未熟ですよ。もっと強くなって、大事な人達を守れるようにならないと……」


「なるほど……強さの秘訣というやつか」




 そして馬車は進み……。


「お帰りなのじゃ!」


「ただいま、レナちゃん」


「良い子にしてたか?」


「どうでしょう? ずっとソワソワしてましたけど」


「エ、エミリア!?」


「ふっ、気になって仕方がなかったようだな。アレス殿、言ってやってくれるか?」


「はい、わかりました。レナちゃん」


「う、うむ!」


 不安そうな顔を浮かべ、俺の顔を見つめている。


「国王陛下から許可が出たから、約束通りに魔法を教えてあげよう」


「……ほんと?」


「ああ、本当だ」


「ヤ……ヤッタァ——!!」


 飛び跳ねて、全力で喜びを表現している。

 うんうん、王女とはいえ子供はこうでなくちゃね。


「あと国王陛下から、わがままな娘だがよろしく頼むってさ」


「父上が……うぅー……」


 あっ——泣き出してしまった。


「おいおい、レナ。喜んだり泣いたり忙しい奴だな」


 泣いてるレナちゃんを、ロナード殿が優しく撫でている。


「だ、だって……」


「良かったですね、お嬢様」


「……うんっ!」


 その三人をみて、自然と笑顔になる。


「良いですねー」


「ああ、そうだな」


「帰りたくなりました?」


「まあ、正直ね……でも、俺には力がない」


 ……大事な人達を守れる力。


 それは、単純な強さだけでは足りない。


 この一年の間に、そのための力をつけていかなくては。



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