98話闘技場にて

 馬車を降りてみると……。


「おおっ……こっからでも聞こえるね」


「すごいですねー、盛り上がってます」


 歓声や拍手の音が、外からでも聞こえる。

 建物はコロッセオに近い形になっていて、上が空洞なのも理由だろう。


「我が国自慢の見世物の一つだからな。では、ついてまいれ」


 護衛も付けずに先頭を行くロナード殿の後をついていく。





 その入り口では……。


「はいよ! 次の勝負はこれだ!」


「俺は三番に賭けるぞ!」


「俺は五番だ!」


 ガタイの良いおじさんが、お立ち台の上に立って掲示板を指差している。

 その掲示板には番号と名前が書いてある。


「なるほど、九人でトーナメント方式ですか?」


 一人がシードって形のタイプだな。


「ああ、そういうことだ。今日の出場者の中で、優勝する者を予想する」


 つまり、合法カジノということか。


「戦う者の場所と、娯楽を提供といったところですかね?」


「ほう? 娯楽はともかく……よくわかったな」


 まあ、前の世界の知識があるからね。

 特に誇るようなものでもない。


「こちら側は、女神の結界と接している部分が少ないと聞きましたから。後、作物などが育ちにくいと」


「ああ、そういうことだ。戦いを生業とするものは、戦う場がなければ息苦しさを覚える。かといって、争いを起こされでも困る。また貧困に喘いだ者が、盗賊になったりするよりはマシだ。最後に……犯罪者などの使い道にもなる」


 ……なるほど、それもあるか。

 犯罪者を牢屋に入れたり、世話をしたりするのもタダではない。

 それを有効活用して、自分で稼がせるってことか。


「維持費もバカになりませんからね」


「うむ……楽しいな」


「へっ?」


「打てば響くような会話は心地が良いものだ。どうも、一から十まで説明をしなくては理解しない者が増えてきたからな」


「読解力の低下ですね……あと、考えることの放棄」


 この世界がおかしいことだって、もっと気づいてもいいと思うのに。


「その通りだ。俺も人の事は言えないがな」


 会話をしつつ、中へと入っていく。


「ウォォォ——!」


「やれぇぇー!」


「こっちは明日の飯代がかかってんだぞー!」


 観客席から野次が聞こえる。


「へぇ……随分と距離が近いですね」


 観客と選手の距離感は、テニスの試合に近い。

 4本の柱に囲まれたリングの上で、選手達が一対一の戦いを繰り広げている。

 それを囲う形で、観客が見ているということだ。


「やはり、近い方が迫力があるからな」


「あの柱ってうちと同じやつですよねー?」


「ああ、卒業試験の試合の時に使ったものと同じだろうね」


 四つの柱の間にバリアが張られている。

 さらには観客席側にも設置してあるので、安全を確保することも出来ている。




 ひとまず、その試合を見終わると……。


「さて、とりあえずこんなところか。今日は主要箇所を案内するとしよう」


 踵を返して、元来た道を歩いて行く。


 会場を抜けて通路に入ると……。


「ウォォォ—! キタキタキター!」


「優勝候補筆頭! シード選手の登場だ!」


「数年前に彗星のように現れた男!」


「その剣は全てをなぎ払い、相手の心も体も粉砕する!」


「元盗賊——ゼスト選手だァァァ!」


 ……すごい盛り上がっているな。


「む? 次は奴の番だったか。気になるか? なんなら戻るが……」


「いえ、それは結構です。ただ、随分と人気だなぁって」


 元盗賊団っていう割には、好意的な会話だったし。

 それとも、強ければ関係ないのか?


「少し特殊な奴でな。盗賊団といっても、人を襲ったりしたわけではないのだ。まだ見ぬ真実を求めていると言っていたな」


「えっと……?」


「我が国にある遺跡や、王族以外に入れない書庫への侵入をしていてな」


「なるほど、そういう意味ですか」


「本当なら、即処刑なのだが……その話を聞いた俺は、そいつに興味を持ってな。ちょうど、ロイドとそういう話をし始めた時だったからな」


「その人も、この世界がおかしいと思っていると?」


「そういうことだ。あちこちの遺跡や国を巡って思ったらしい。面白いと思ったので、俺が国王陛下に掛け合い剣闘士として働かせることにした。見た目は良いし、何より強いからな。見世物にした方が利益になると……結果的に、今ではナンバーワンの座についている」


「へぇ……どこの国の人なんですか?」


「それは頑なに言わないようだ。まあ、この国ではないだろうな。気になるなら、今度会わせてみるが?」


「ええ、機会があればお願いします」





 そんな会話をしつつ、再び馬車に乗る。


 そして洋服屋さんや、武器防具屋、有名な飲食店などを巡っていると……。


「あっ、いました」


「いたのじゃ!」


 エミリアさんと、レナちゃんがこちらに向かってくる。


「レナ、どうした?」


「父上から遣いがあったのじゃ! 今から来てもらえるかと」


「なるほど、よく知らせてくれた。アレス殿、このまま向かってもいいか?」


「ええ、もちろんです。さっき食事も摂りましたしね」


「私も付いて行って良いんですかー?」


「もちろんだ。他国の皇子を一人には出来ん。ただし、俺に対するような……」


「わかっております。アレス様の顔に泥を塗るような真似はいたしません」


 さっきまでのゆるい感じが鳴りを潜め、ピシッとした言葉遣いになる。


「ふっ、流石だな。いい部下を持っている。力を抜くところと、力を入れるべき箇所をわかっている」


「お褒めにあずかり光栄でございます」


「早く行った方がいいですよ?」


「おい? エミリアも見習ったらどうだ?」


「はーい」


「ハァー……まあ、お前に言っても無駄か」


「アレス殿! 我はいけないが……その」


「そっか、じゃあ一応聞いてみるね」


「覚えてて……ありがとぅ」


 二人と別れ、そのまま三人で王城へと向かう。





 ……俺は、後になってこの日のことを後悔することになる。

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