96話新しい日常

 その日の夜……。


 風呂から帰ってきた俺は、違和感を感じて声を出す。


「アスナ、出てこい」


「あれれ〜……完全に気配は消したのに」


 カーテンの裏から、スッとアスナが出てくる。


「ふっ、まだまだだね。カイゼルがいうには、気配がなさすぎるのも考えものだってさ」


「えっと……?」


「空気が張り詰めていたり、周りの音が聞こえすぎないと違和感を感じるということだ」


「なるほど……暗殺者を退けてきたカイゼル殿の言葉では、無視できないですねー」


「ああ、俺も何となくわかってきたけどね。その違和感ってやつが大事だ。つまり、自然体が一番良いのかもしれない。景色に溶け込むとか、一体化するイメージとか」


「そういえば、父上も似たようなことを言ってましたねー。むぅ……癪ですけどね」


 ……どうやら、父親とは何かあるようだな。


「ところで、何か用だったかな?」


 アスナはススっと近づいて、耳元で囁く。


「特に見張られてる様子はありません。建物の配置や、部屋からいっても襲撃には向きません」


 なるほど、売り込みに来たということか。


「うん、同意見だ。少なくとも、天井裏で見張っているようなことはなさそうだ」


「そうですねー……というか、アレス様が諜報員になった方が良くないですか?」


「まあ、多分だけど……一流になれる自信はある」


 闇魔法を駆使すれば、色々と出来るだろうし。

 何たって、姿を消すことも出来るわけだし。


「むぅ……困りましたねー。どうやって売り込めば……やっぱり、身体で……」


 そう言いながら、腕を組んである部分を強調する。


「やめなさい。俺はカグラに殺されたくない。そもそも、君だって外見の身体は大人かもしれないけど、その中身までは大人じゃない」


「うーん、据え膳食わないタイプですか……というか、そこは悲しませないじゃないんですか?」


「あっ——ま、まあ、それもある」


 いかんいかん、つい吹っ飛ばされるイメージが。


「ふふ、でも平気ですよー。最後には和解しましたから」


「ん? そうなのか?」


「ええ、二人で話をしまして。内容は内緒ですけどねー」


 ……ふむ、嘘を言っている様子はないと。


「そっか、まあ仲良くなったなら良い。それと、これから俺に襲撃をする許可を与える」


「へっ?」


 いつか見たようなマヌケな表情を見せる。

 なんか、クセになりそうだ。


「カイゼルがいない今、俺は自分の身は自分で守る必要がある。さらには鍛錬もしていかないといけない。なので鈍るのを防ぐために、アスナが襲撃者役をしてくれ。緊急事態以外だったら、いつでも良い」


「ま、まさか、自ら襲撃しろなんて言ってくるなんて……ふふ、面白い方ですねー。でも——怪我させても知りませんよ?」


「できるならやってみると良い」


「かっちーん、その喧嘩買いますよー」


 無意識なのか、ふくれっ面になっている。

 なんだ、子供らしいところもあるじゃないか。


「ああ、良いよ。それに、アスナの鍛錬にもなるだろう? あと、アスナには期待してるか

 ら」


「そ、そうですね! ではではー!」


 そう言い、そそくさと退散した。

 うむ、中々に照れ屋さんのようだな。






 翌朝目が覚めた俺は、許可を得て庭に出る。


「一! 二! 三!」


 木刀の先端に濡れたタオルを巻いて、それで素振りをする。

 これは、中学生時に剣道部で良くやっていた鍛錬方法だ。

 ピタッと止めることを意識して、剣を自由自在に操れるようにする鍛錬だ。

 さらには手首の強化や筋肉をつけたり、一撃一撃の正確さなんかも上達する。


「四! 五! 六! 」


 あんまり若いうちから鍛えすぎるのは良くなかったけど……。

 成長期を迎えてきたから、こういうことも少しずつやっていかないと。

 前の世界で言えば、中学生な訳だし問題ないだろう。


「……三十! ふぅ……こんなものか」


 少し休憩を入れ、それを3セット繰り返す。


 すると……良く知る気配が近づいてくる。


「お、おはようございます!」


「ダインさん、おはよう」


「申し訳ありません! 主人より後に起きるなんて……」


「気にしないで良いですよ。ダインさんだってお疲れでしょうから。それに、ロナード殿が来るまでは暇だしね」


 その間に、国王陛下に色々と聞いてきてくれると言っていた。


「し、しかし……」


「じゃあ、相手してくれるかな?」


 木刀を放り投げ、もう一つを構える。


「は、はい!」


 二人で木刀を構える。


「……へぇ、やりますね」


 槍を使う人だけど、木刀でも構えが様になっている。


「多少ですが、カイゼル殿に仕込まれましたからね。弟子にはしないが、アレス様の足手纏いになるのは困ると」


「そういえば、オルガと一緒に鍛錬してたね——」


 言い終わる前に駆け出し、下から木刀を叩きつける!


「くっ!? 速い……! でも、負けませんぞ!」


 ダインさんは身長も高く大柄な方だ。

 その一振りを避けるたびに、ブォンという音と共に風を感じる。


「おっと……」


「あ、当たらない……!」


 上から下から横からと攻撃を繰り出されるが、それらを足捌きと身体の捻りのみで躱す。

 最小限の動きで躱すことで、体力温存と——カウンターを仕掛けることができる。


「セァ!」


 上段から振り下ろされた木刀を左に躱し……。

 地面について勢いがなくなった木刀を逆袈裟に叩く!


「くっ!?」


 カランカランと音を立て、ダインさんの手から木刀が離れる。


「お見事なのじゃ!」


「うーん、やりますね」


 それまで黙っていた二人が、話しかけてくる。

 気づいてはいたが、さっきはこっちに集中することにした。


「ありがとうございます。まだまだ未熟者ですが」


「イテテ……アレス様、もう一回よろしいですか?」


 再び、木刀を構えたダインさんの目からは闘志が伺える。


「ええ、もちろんです」


「では——フッ!」


 両手持ちに切り換えて、速さと威力を上げる方向できたか。


「でも——甘いよ」


 両手持ちということは、剣筋が分かりやすいということだ。

 片手と違い、自由自在とはいかない。

 来る方向さえ分かっていれば、避けることは難しくない。


「あ、当たらない……!」


「ダインさんは正統派すぎ——おっと」


 横から来たナイフを、魔力を込めた右手で受け止める。


「むぅ……これを防ぎますか〜」


「なるほど、見かけないと思ったら……これを狙っていたのか」


「隙あり!」


「残念ながら」


 右手を弾き、一歩下がることで、攻撃を躱す。


「よし、二人同時にかかってきてくれ。そうじゃないと鍛錬にならない。あっ、これを日課にすれば良いのか」


「むぅ……かっちーん。ダインさん、やりましょう」


「そうですな。流石の俺も、かっちーんですよ」


「では——いつでもどうぞ」


 こうして、俺の新たな日々が始まった。






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