91話フランベルク侯爵家にて

ブリューナグ領を出発して、そこから南西に向かう。


有り難いことに、道中の瘴気はクロイス殿の手配によって除去されていた。


なんでも、俺が滞在している間に兵士たちを手配していたそうだ。


そのおかげで魔物に出会うこともなく……。


二日後、関所を抜けてフランベルク侯爵領に到着した。





「ふぅ……流石に遠いな」


「ですよねー。はっきり言って、皇都だけじゃ把握しきれないですし。私の家の者も情報を集めていますけど、それでも限界はありますし」


「だからこそ、ブリューナグ家やフランベルク家などが領地として治めているのでしょうか?」


「うん、そういうことだね。皇帝陛下一人では、とてもじゃないが統治しきれないだろうから」


正確なことはわからないが、この大陸は広そうだな。

地図を見た限りでは、台形に近い形になっていて……。

西端にあるノスタルジアから、女神の結界までが、五日間くらいかかる。

確か、日本の本州の端から端まで約三千キロで……。

車で移動すると、睡眠時間を除くと一日くらいって見た覚えがある。

単純な長さで言うと、五倍はあるってことだから一万五千キロか。

しかもそれは横だけの話で、縦の長さもあるので……。


「一度、グロリア王国の最南端に行ってみたいところだな」


「私も行ってみたいですねー。その辺の情報は、流石に手に入らないので」


「大使館に行ったら、その辺についても聞いた方が良いですね。どこまでの行動が許されるのか」


「うん、そうした方が良いね」


流石にアメリカとか中国くらいの広さはないと思うが……。

あれは日本の二十五倍くらいあるっていうし。

そもそも、この世界は色々とおかしい点がある。

それらについても、考察した方が良いだろうな。






そのまま、途中の休息所に寄りつつ先に進む。


本当はどこかの街で休憩を入れたいところだが……。


あまり刺激はしたくないので、さっさと抜けた方が良い。


「やっぱり、まずいんですかー?」


「あまりよろしくはないかもね。俺とヒルダ姉さんが仲良いことは知れ渡ってるし。本国にも、フランベルク侯爵家にも刺激を与えたくはない」


それで、あとでヒルダ姉さんが何か言われたら嫌だしね。


「それに、少し特殊な家なんですよね? なんでも、正統な後継者と主張してるとか……」


「うん、その辺りは俺もわからないんだよね。父上も、皇位に就く時に何か言われるかと思ったらしいけど……何も言われなかったらしいし」


「あのお家は謎ですよー。何回か調べましたけど……仕事は真面目で誠実、武力もあり、特に隠してるものもなさそうでしたね。ただ正当後継者は自分達ということ、できる限り本国とは距離を置くことだけは徹底してますね」


「ふむ……まあ、とりあえずはこのまま行くとしよう」


恐らく、ヒルダ姉さんもそれが気になって嫁に行くことを決めたのだから。

ならば、俺がその邪魔をするわけにはいかない。








と、思っていたのですけど?


「アレス! きたわねっ!」


いきなり兵士に囲まれて、何事かと構えていたら……。

豪華な馬車から、ヒルダ姉さんが飛び出してきた。


「ヒ、ヒルダ姉さん!?」


「えいっ!」


「イテッ!? なんで叩くんですか!?」


何もかもがいきなりすぎる!

近づいてきたと思ったら頭を叩かれるとか!


「アレス! 私に会わずに行くつもりだったわねっ!?」


「いや、それは、その……」


「うぅー……可愛い弟に一年も会えないお姉ちゃんはどうしたら良いの!?」


「えっと、それは、だから……」


何がどうなってる?

結婚式を終え、今生の別れを覚悟していた俺の気持ちは?

めっちゃ恥ずかしいのだが?


「ほらほら、その辺りにしておいたらどうだい?」


「ロンドさん……」


「アレス様、気軽に兄と呼んでください」


「そうよっ!」


「ふむふむ、面白い状況ですねー」


「お、俺はどうしたら良いですかね?」


「いや、それは俺が聞きたいかな……」





その後困惑しつつも、ひとまず俺だけ馬車の中に入ることになった。


「あの……何故、となりに? そして、腕を組んでいるのですか?」


一応、貴方の旦那さんが目の前にいるのですが?


「アレスの匂いを嗅ぐからよっ!」


「嗅がないでよっ!?」


「クス……おっと、失礼しました。つい微笑ましかったので」


さて……この方の意図が読めないぞ。


「腹の探り合いは面倒なので——目的は?」


「へぇ……良い目をしますね。意思の強さを感じます」


「アレス、ロンドは本国と協力関係を結びたいそうなの!」


「ええ、ヒルダの言う通りです。私としては、その方が良いと思っております」


「つまりは……家の総意ではなく、貴方の独断で?」


「いえ、もちろん父の許可を得ていますよ。説得には骨が折れましたけど……」


「アレス、私と当主でないロンドも詳しいことはわからないわ。何故、代々の当主が正当な後継者と主張するのかは。そして、本国との距離を置くのかは。それは、当主のみに伝わるものらしいの」


「なるほど……」


「我が家は、長男だからといって跡を継げるわけではないのです。跡目争いをさせる傾向があり、それ故に兄弟仲も良くありません」


「まあ、そういう家もありますよね。だから、俺たちを羨ましいと言ったのですね……といっても、俺も姉上だけですけど」


「私もよっ!」


「それでも、一人でも仲が良いのは羨ましいです。私には弟が二人いますが、両方とも仲が良いとは言えませんから……少し、話がずれましたね。そうですね、まずはこちらの事情を聞いてもらえますか?」


「ええ、もちろんです」


「では……今回の婚約は、私から父上にお願いしたのです。渋っていましたが、何とか了承を得ることが出来ました。理由は、女神の結界の異変および——教会による専横を防ぐためです」


「そこにきますか……」


父上も問題視してた件だ。

ここ数年、浄化という名目で他国に入り込み好き勝手にやると。

教会を信じれば……女神に祈れば救われると言い回っていると。

それを否定することもできないし、その作りから教会の要求を突っぱねるのも難しい。


「そして、意図的な貴族の腐敗。故に今は本国と協力することが先決だと思い、父上を説得いたしました。まあ、これにより周りからは跡目争いから落ちたと思われてますけどね」


「原因は………ターレスですね?」


「ええ、貴方がやり合った人です」


「ロンドは、あれでアレスに目をつけたらしいわ。そして、仲のいい私に婚約を申し込んだそうよ」


「正直言って……俺としては、あまり気分が良くないですが」


「もちろん、ヒルダのことは好いていますよ。事前に調べたり、実際にお会いしてから決めましたから。聡明な女性で、とっても楽しい方でしたから。それに、全てを話しております」


「そうよ。私の利害とも一致したし、お互いに協力出来ると思って。それに、ロンドのことは嫌いじゃないわ。優しいし、女である私の話を真摯に聞いてくれるから」


……これは、単に俺のわがままだな。

それに、この世界おいてはそっちのが普通だ。

何より、そっから深める愛情もあるだろうし。


「申し訳ありません、差し出がましいことを言いました。二人が納得してるなら、俺が口出すことではありませんね。ただし……」


「もちろん、幸せにするという約束を違えることはありません。彼女のことも守ってみせます」


「何言ってるのよっ! 私が守ってあげるわ!」


「いや、それは、ちょっと……」


……うん、信じても良さそうだ。


「なら良いです。して、具体的には?」


「申し訳ない。それについても、まだまだ計画段階の話なのです。ただ最初の関門である結婚ができたので、こっからは徐々に動き出す予定です」


「ふむ……わかりました。俺としても、父上の力になれるなら協力は惜しみません」


それに今のライル兄上なら、理解を得られるかもしれない。


「では、ひとまず口約束ですが成立ですね。じゃあ、まずは言い出したこちらから誠意を見せるべきですね」


そう言い、何か紙を取り出した。


「アレス、グロリア王国とフラムベルク家は色々な意味で付き合いが長いわ。ただ今は関係性が悪くないから、これをある人に見せれば融通を利かしてくれるかも」


そこには、俺に対して便宜を図ってくださいという内容が書かれていた。

……グロリア王国第二王子ロナード-グロリア殿に対して。


「あくまでも、私個人の手紙です。ただ、私も以前勉強も兼ねて留学した経験があるのです。その際にその方と友好を深めまして……あちらで肩身の狭い思いをしたなら、その方を頼ってみてください。すでにお手紙を送って、色よい返事を頂いてますから」


これは……恐らく、俺の詳しい事情については知らないはず。

姉さんがどういう説明をしたかわからないが、そこは信頼していいはず。


「わかりました。では、何か困ったら頼らせて頂きますね——ロンド義兄さん」


「契約成立ですね。アレス様、これ」


「ロンド! アレス様じゃ固いわっ!」


「えっと、しかし……」


「どうぞ、アレスと呼んでください。俺はヒルダ姉さんには逆らえないので」


「ふふ……それは、お互い様のようです。ええ、ではアレス殿と呼ばせてもらいます」


こうして、俺たちは協力関係を結んだ。


これが、後に大きな影響を及ぼすことを……この時の俺たちは知る由もなかった。


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