92話嬉しい出来事

 ついでということで、そのまま国境まで送ってもらえることになる。


 ヒルダ姉さんは楽しそうに、こちらでの生活を語ってくれた。


 正直言って、色々心配だったから一安心した。


 どうやら義父とは微妙な感じらしいが、義母とは上手くいっているとも。




「なるほど……奥さんが二人いて、ロンド義兄さんが一人っ子。もう一人の奥さんに二人の息子さんですか」


「そうだね。さっきも言ったけど、代々兄弟間で争わせる傾向があるみたい」


「私は、それ自体は悪いことではないと思っているわ」


「そうですか……俺としては何とも言えないですね」


「アレスは欲がないのよっ! その気になれば……ごめんなさい」


「いえ、自分がヘタレなのは自覚してます。俺は結局、争うことから逃げているようなものですから。ただ、少しずつ考えも変化してきまして……」


「あら? そうなの?」


「ええ、大事な人たち……姉上も含めて、そしてカグラやセレナに見合う男にならないといけないと思います」


「そう……ふふ、そう思える相手に出会えて良かったわ」


「ええ、俺もそう思います」


「そもそも、聖痕がないと出来損ないというのがおかしいのです」


「ロンド義兄さん?」


「神器であるアスカロンが扱えることと、国を治めることは別だと思います」


 ……へぇ、こういう考え方の出来る方なのか。

 なるほど、ヒルダ姉さんと話が合いそうだ。


「そうなのよっ! 別に上に立つ者が強くある必要はないわ。それよりも、人の気持ちに寄り添えたり、弱い人の気持ちがわかる人のが良いと思うの」


「まあ、一理ありますね」


「あと、ロンドはアレスと似たようなことを言っていたわ」


「それは?」


「ああ、アレですか。いえ——この世界の仕組みが変だなと」


「へぇ……」


 やはり、同じような考えに行き着く人もいるよな。


「アレス殿も言っていたと聞きました」


「ええ、少し気になってます」


「もしかしたら、我が家もその辺りが関係しているやもしれません」


「なるほど……」


 すると、御者から声がかかる。


「おっと、どうやら着くようですね」


「もう、あっという間に過ぎちゃったわ」


「そうですね。ですが、有意義な時間になりました。ロンド義兄さん、ヒルダ姉さんに会わせてくれたこと感謝いたします」


「頭をお上げください、アレス殿。私は、こうした方が心象が良いと思っただけです」


「正直な方ですね。ですが、確かに警戒心は薄れました」


「なら、作戦は成功です」


「よくわかんないけど…… 仲良くしなさい!」


「「はは……」」


 どうやら、ヒルダ姉さんに振り回される同志ができたようだ。





 馬車を降り、二人と合流しようとすると……。


「アレス殿、少し休憩してから行くと良いですよ」


「へっ?」


「アレス様、私たちは先に行って手続きを済ませてきますね」


「ほんとはお話を聞きたいですけど、流石に我慢しますねー」


 二人はそういうと、関所に向かっていく。


「えっと?」


「アレス! こっちよ!」


「ちょっ!?」


「アレス殿、ここにいるのは私の仲間です。どうか、妻をよろしくお願いします」


 ……お言葉に甘えるとするか。

 少なくとも、一年は会えないわけだし。





 ヒルダ姉さんに手を引かれ、俺はとある丘にやってきた。


「懐かしいわね」


「そうですね……小さい頃は、こうして街の中を連れてってくれましたね」


「あんなに小ちゃかったのに……大きくなったわ」


 目線を合わせると、ほとんど同じくらいの高さだ。


「まあ、俺ももうすぐ十三歳になりますから。それにしても、良い旦那さんですね?」


「そうね、はっきり言って想定外だったわ。もう少し孤独な戦いになるかと思っていたから。最初は、少し疑っていたんだけど……実は、一度本気で襲いかかってみたのよ」


「はい? ……物理的に? 夜這いとかではなく?」


「そ、そうよっ! 夜這いなんてできないわよっ!」


「物理的のがまずいですよっ!? 暗殺者ですか!? アホなんですか!?」


「アホじゃないわよっ!」


「………ふふ」


「………はは」


 思わず、二人で顔を見合わせ笑ってしまう。

 なんというか、懐かしいやり取りだ。


「えっと、それでどうなったんです? というか、いつの話ですか?」


「結婚式の前日よ」


「……なんということを」


 もし俺がそんなことされたら……ちびるかもしれない。

 まあ、カグラに似たようなことはされてるけど。


「だって、それが一番わかりやすいかと思って。流石に死にそうになってまで、嘘をつくとは思えないわ。もちろん、他にも色々調べた上で最後に試したのよ」


「それで、なんと?」


「びっくりしてたけど、兵士を呼んだり抵抗する感じはなかったわ。むしろ、気に入られちゃったみたい。君みたいな女性は初めてだって」


「でしょうね!」


 婚約者に襲撃を仕掛ける皇女なんて聞いたことないから!


「むぅ……まあ、私の方もそれで気に入ったから結果的に良かったのよ。ロンドは冷静に状況を把握して、すぐに自分に危険がないことを察知したわ。アレス、安心して。多分だけど、上手くやっていけるわ」


「そうですか……ええ、それが聞けて良かったです」


 それが、国を出る前の唯一の心残りだったから。

 大事な人が幸せになれるなら、これ以上のことはない。





 それから、思い出話に花を咲かせていると……。


「さて……そろそろ時間ね」


「ええ、日が暮れる前には入りたいですから」


「ねえ、最後に組手をしてくれる? アレスとは、したことがなかったじゃない?」


「え? ……まあ、良いですけど」


 確か、フラムベルク家で戦っていくために、隠密系の技を覚えたって……。


「じゃあ——いくわ」


 体勢を低くして、地を這うように接近してくる。


「おっと」


 そのままアッパーをしてきたので、横にずらして躱す。


「むっ、簡単に避けるわね」


「いや、見た目ほどじゃないですよ。というか、速かったですし」


 姉上の聖痕は、身体強化系の中の速さに特化している。

 故に戦闘訓練を始めたのが遅かったのに、すでに実践レベルのスピードがある。

 幼少期からやっていたら……一流の暗殺者にもなれたかも。

 手足が長く、細身のタイプだし、身体がしなやかだし。


「悔しいわね……本気で行っても良いかしら?」


「ええ、どうぞ」


「スゥ……ヤァ!」


 深呼吸をした姉上のお腹辺りが光り輝く——聖痕発動だ。


「シッ!」


 消えた!?


「……こっちか!」


 気配のみで察知して、拳を受け止める。


「さすがね! でも——これからよ!」


 スピードのある拳を連打してくる。

 俺はそれを、手のひらに魔力を込めて打ち払う。





 そんなことを続けていると……とあることに気づく。


「……なんか、既視感あるな」


「くっ!? や、やっぱり経験値が足りないわね」


 纏っていた光が収まり、ヒルダ姉さんが膝をつく。


「へ、平気ですか!?」


「へ、平気よ。やっぱり、アレスはすごいわ。聖痕がなくたって、私やライルより強いんだから。だから、自信を持って良いのよ——貴方は出来損ないなんかじゃない」


「姉上……ありがとうございます」


 もしや、これを伝えるために?

 まったく……敵わないな。


「ふぅ……私も強くならないとね。これから後継争いになるときに、ロイドの足手纏いにはなりたくないもの」


「それにしても……アスナとの組手を思い出しますね」


「それはそうよ。私が師事したのは、現当主であるマーカス-ルーンだもの」


「……へっ?」


「あの子の父親ね。なに、聞いてないの?」


「え、ええ」


「まあ、知らないのかもね。あそこのうちも、色々と複雑みたいだし」


「……もしや、アスナがうちに来たのは? ルーン家が、俺らや父上についたのは?」


「な、何のことかしら? 」


「何をしたんですか?」


「うっ……別に、大したことはしてないわ。当主が悩んでたみたいだから、アレスを推しておいただけよ。お嫁に行く前に、何か力になれるかと思って……もちろん、予想以上だったのはびっくりしたけど」


「ヒルダ……


「ふえっ!?」


「ありがとう、色々してくれて。でも、もうお嫁に行ったから、無茶はしないでください。それが、俺と父上の願いです」


「アレスゥゥ——!!」


「うわっ!?」


 思い切り抱きついてきたのを、優しく受け止める。


「元気でねっ! 貴方は——ずっと私の弟よっ!」


「ええ、分かっています。お姉ちゃんも、どうかお元気で」







 元の場所に戻り、ロイド義兄さんに挨拶をする。


 ヒルダ姉さんは恥ずかしかったか、すぐに馬車に入っていった。


「ロイド義兄さん、色々とありがとうございました」


「いえ、こちらこそ。ヒルダが元気になりましたからね。そして、お会いして話してみてわかりました。私も、貴方が好きになりました」


「そ、そうですかね……」


「そういえば、あまり自覚はないとヒルダも言ってましたね。さて……では、また会える日を楽しみにしています」


「はい、こちらこそ」


 俺はロイド義兄さんに背を向けて、二人が待つ関所に向けて歩き出す。


 そして、ある程度離れると……。


「アレスゥゥ——! またね——!」


 振り返ると、姉さんが手を振っている。

 その横では、ロイド義兄さんが苦笑している。


「ヒルダ姉さん! あんまり迷惑をかけちゃダメですからねー!?」


「う、うるさいわよー!」


 騒ぐ姉さんをロイド義兄さんがなだめてる。


 うん……良い光景だ。


 最後の気掛かりがなくなった俺は、背を向けて再び歩き出す。


 姉さん、ロイド義兄さん、また会える日を楽しみしてますね。

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