外伝~セレナ~

 アレス様が出て行き、早くも一週間が過ぎました。


 ものすごく寂しい気持ちや、カグラちゃんは今頃……とか思ってたりします。


 わたしって、ほんと性格悪いなぁ……カグラちゃんのことは大好きなのに。


 ずるいなぁ、良いなぁって思う自分がいる。


 わたしがアレス様と一緒にいるためには、色々な障害があるのに。


 カグラちゃんは家柄からいって、誰からも文句が出ないもん。


 わたしは、婚約する前からずっと色々言われてきたから……。


 平民のくせにとか、出来損ないにはお似合いだとか……。


 そう、わたしは本当に性格が悪い。


 そんな時に、必ず庇ってくれるカグラちゃんに対してそんなことを思うなんて……。


 何よりも……誰にも言えないけど……。


 アレス様が出来損ないと言われる皇子様であることを、何処かで喜んでいる自分がいる。


 だって、アレス様がそうじゃなかったら——。


わたしは、一緒にはなれなかったはずだから。






「はぁ……ほんと、いやになっちゃうなぁ〜」


 食堂でみんなが誰かと食べいている中、一人ぼっちでため息をついてしまいます。

 厳しい新人研修が終わって、ようやく仕事を始められるかと思ったのに……。


「クスクス、あの子一人よ」


「例の出来損ない皇子の婚約者でしょ?」


「どうせ、あの可愛い顔と年に似合わない体で気に入られたんでしょうね」


「平民が首席だなんておかしいものね」


 ……いづらいよぉ。

 ここは宮廷魔道士専用の建物だから、味方は誰もいません。

 基本的に貴族の女性の方が多いし、わたしより年配の方ばかりだ。

 ほんとは言い返したいのに……やっぱり、わたしは一人じゃ何もできないのかな……。




「なになに!? どうかしたの!?」


「コルン先生!?」


 何故か、元担任であるコルン-トリアイナ先生がいます!


「もう先生じゃないわよ? コルンで良いからね」


「そ、そんなこと言えませんよ!」


「じゃあ、せめて先生はやめて欲しいかな。これからは同僚なんだから」


「へっ?


「ほら! さあ、いきましょ?」


「ど、どこにですか?」


「まあ、良いから」


「は、はぁ」


 仕方ないので、大人しくついていくことにします。




 そして、どんどんと進んでいき……ひと気のない、とある部屋の前に来ます。


「確か、ここで良かったはずよね。セレナさん、ここからは非公式な場になります」


「ふえっ?」


「つまり、畏る必要はないってことです」


「わ、わかりました」


「では……」


 コルンさんが、ドアを軽く叩くと……。


「入って良いぞ」


 あれ? この声って……。


「失礼します」


「し、失礼します」


 扉の中に入ると……。


 応接室のような部屋で、ソファーに誰かが座って……。


「こ、皇帝陛下!?」


「うむ、いかにも」


「こんにちは、ラグナさん」


「ああ。久しぶりだな、コルンよ」


「えっ? えっ?」


 どういうこと? なんか、親しげに見えるけど……。

 それに壁際に、直立不動の姿勢で立っている男の人もいるし……。


「まずは説明から入るとしようか。とりあえず、座ると良い」


「セレナちゃん、こっちよ」


「は、はい」


 コルンさんに手を引かれ、皇帝陛下の対面に座らされます。

 い、一体何が起きているの?


「さて、すまないが単刀直入に言う。其方の両親が、何者かに襲われかけた」


「……えっ?」


「だが、ひとまず安心するがいい。ブリューナグ家の者や、アレスの計らいによって事なきを得た」


「へっ……?」


 ど、どういうこと?


「はい、落ち着いて。貴女の両親は無事だから」


「は、はい」


「まあ、恐らく其方をよく思わない連中による仕業だろう。不正をしたとか、コネを使ったとかな。もしくは、アレスに対するものかもしれない」


「そ、そんな……わたしは、そんなこと……」


「ああ、それはよく知っている。だが、自分が信じたいものを信じる輩もいる。そして、そう思い込む輩が一番危険だ。自分を正当化しようとするからな」


「じゃあ、どうすれば……」


「うむ……宮廷魔道士をやめるか? もしくは、婚約を破棄するか?」


「………えっ?」


 今、なんて……アレス様と婚約破棄?


「そうすれば、相手も……」


「い、いやです!」


 考えるよりも先に声が出ていました。


「ほう……? 其方の両親が、また襲われるとしても?」


「そ、それは……」


 お父さん、お母さん……。





「良いか、セレナ。アレス様と婚約したことで、様々なことが起きるだろう。まだ、子供のお前にはわからないかもしれないが……大人の世界は甘いものではない」


「セレナ、もしかしたら私達にも何かがあるかもしれないわ。でも、貴女を応援するって決めたから」


「だから、気にすることなく自分の思うように生きなさい。その結果どうなろうとも、俺たちは後悔だけはしない。それが、親というものだ」








 ……そうだ、お父さんとお母さんはわかってたんだ。


 そしてアレス様も……ううん、わたしだって分かってたつもり。


 でも……


「ええ、両親ともに覚悟はできています。そして——わたしも」


 そうだ! わたしは何のためにここまで頑張ってきたの!

 アレス様と一緒にいたい一心でやってきたんじゃないの!?

 何より、カグラちゃんと約束したもん!


「ふむ……悪くはない目だ」


「セレナちゃんは、少し気が弱いですけど芯は強いですからね。多分一人になったことで、昔に戻ってしまったのでしょう」


 コルンさんのいう通りだ。

 わたしは、臆病で引っ込み思案な自分に戻りかけていた。

 いかに、みんなに支えられていたかを思い知った。


「ありがとうございます。でも、もう平気です。わたしが強くなって、両親も守ってみせます」


「クク……なるほど、アレスのいう通りだ」


「ふえっ?」


「波はあるが、意外と気が強いところもあると言っていたからな」


「あぅぅ……」


「其方の意思はわかった。では、引き続き継続するとしよう」


「ほっ……ありがとうございます!」


「さて、何か質問はあるかしら?」


「えっと……ブリューナグ家、カグラちゃんのお家の人が後ろ盾になってくれたのは知ってたんですけど……」


 確か万が一に備えて、手配してくれたんだ。

 わたしは、そんなことも忘れてカグラちゃんに……馬鹿だ。


「うむ、気づかれぬように護衛を配置している。そして、アレスには……俺が頼まれてな」


「ふえっ?」


「大事な子なので、守ってあげてほしいと。ただし、最終的な判断は陛下に委ねますと」


「アレス様……」


 そんなことも知らずに……自分が嫌になる。


「あいつが、俺に頼むことなどないからな。よほど、大事だということだ。そして、今……それを判断した」


「は、はい」


「其方は強い意思でもって、俺の問いに答えた。ならば、それに応えるのが俺の役目だ。実はな、このコルンは俺の数少ない側近の一人でな。元々宮廷魔道士なのだよ」


「えっー!? ア、アレス様から何も聞いてませんよ!?」


「まあ、あやつも知らんことだ。あの問題児ばかりの学校では、普通の教師ではどうにもならん。我が息子が三人に、娘がいた時期もあるしな。なので、最悪の場合に備えて送っておいた。もちろん、極力見守る方向でな」


「まあ、結果的に必要なかったですけどね。アレス君ってば、ほとんど自分で解決しちゃって。おかげで、私は楽しい先生で終わりましたよ」


「まあ、保険があるだけでも良かったんだよ」


「そ、そうなんですね……」


 わたしたちは、知らないところでも守られてたんだ。

 やっぱり、わたしたちはまだまだ子供なんだ。


「はい、というわけで……セレナさんを私の補佐官に任命します!」


「ええっ!?」


 見習い宮廷魔道士は、先輩の補佐官について勉強するっていうけど……。

 平民であるわたしには、誰もなりたがらなかったから……。


「嫌かしら?」


「わ、わたしなんか……いえ、是非やらせてください!」


 もう卑屈で弱い自分にはうんざりだもん!

 前もそう思ったはずなのに……でも、今度こそ。


「ふふ、そういうことよ。じゃあ、見習い宮廷魔道士のセレナさん。これから一緒に、お仕事を頑張りましょう!」


「はい! よろしくお願いします!」


「うむ、まとまったようだな。コルン、悪いが下がってくれるか?」


「はいはい、わかりましたよ」


「ゼト、お前も少し下がってくれ」


「御意」


 二人が部屋を出て、二人きりになる。


「えっと……?」


「さて、ここからはもっと気軽で良い。いずれ、お主の義理の父となるのだから」


「は、はい!」


 できないよぉ〜! 皇帝陛下だもん!


「まあ、気長に待つとしよう。とりあえず、名前で呼んでくれ。でだ……アレスの過去については、コルンも知らん。もちろん、側近のゼトもだ」


「はい。アレス様も信頼しているけど、知ってる人は少ない方が良いからって」


「情報とはそういうものだ。というわけで、コルンを頼るのは良いが……」


「わかりました、その辺は気をつけます」


「さて……可愛い息子の願いを叶えるとしよう」


「ふぇ?」


「コルンは、元々お主につける気でいたのだよ。お主の立場は特殊故にな。アレスの守ってくれという願いは別にある」


「えっと……?」


「これから、お主達家族には……エリナ達と一緒の敷地で暮らしてもらう」


「え……えぇ!?」


「そうすれば警護もしやすい。なにせ、カイゼルがいるからな。今、建物を建てている。そこで両親は暮らし、お主はセレナ達と暮らすと良い」


「わ、悪いですよ! そんなことまで……」


「あのアレスが……この俺に頼むと言ったのだ。どうか、受けてはくれまいか?」


「あ、頭をあげてください!」


 ひぇー! 皇帝陛下が頭を下げてるよぉ〜!


「俺は……不甲斐ない父親だ。あいつにとって、良い父親とは言えない。皇帝としても未熟で、父親としても未熟だ。俺は嬉しかった……アレスが、俺に甘えてくれることが」


「ラグナ様……そんなことありませんよ。アレス様は、いつも言ってました。父上は尊敬に値する男の人だって。自分も、父上のようになりたいって……厳しさと優しさをもった人に」


「そ、そうか……そんなことを」


「あっ——ふふ」


「む? 何かおかしかったか?」


「いえ……少しそっぽを向いて、照れる感じがそっくりだったので」


 アレス様の容姿はエリナさん似だけど、内面はラグナ様に近いんだろうなぁ。


「……まいったな」


「す、すみません」


「いや、謝ることはない。ありがとう、セレナ嬢。さて……やれやれ、皇帝というのは時間がない。最後に、これを渡しておく」


「えっと……お手紙ですか?」


「ああ、そうだ……コホン! 余の用事は済んだ。この部屋で読んでいくと良い。部屋の外でコルンが待っているから、後のことは聞くと良い」


「は、はい! お忙しい中、ありがとうございました!」


「うむ」


 皇帝陛下に戻ったラグナ様は、部屋から出て行きました。


「誰からだろう……あっ——アレス様……」


『婚約者のセレナへ。見習い宮廷魔道士の仕事はどうだろうか? 上手くやれているかな? きっと、妬みなどで苦労するだろうと思う。俺が頼りないばかりに申し訳なく思う。この手紙を読んでいるいうことは、父上から聞いたということだ。それに関しては、俺に恩を感じる必要はないから。好きな女の子と、その家族を守ることは当然のことだからだ』


「アレス様ってば……わたしが言うこと先読みして……」


『さて、色々と気づいたこともあるだろう。これからは、身の危険が迫ることもある。本当なら、俺が守ってあげたいけど……それは叶わない。でも、以前に君は言った。守られるだけの存在にはならないと。ならば、俺にできることはこれだろうと思う。もう一つの紙は、古代魔法について書かれている。もしかしたら、セレナなら解読できるかもしれない』


「これかな……? えっ!? これって皇族のみが見れるやつじゃ……」


 これをわたしに教える許可をとるのに、どんだけ苦労したんだろう……。


『俺にできることはこれくらいしかない。だが、遠くの地でも君のことを想っている。そして、今よりも立派になって帰るつもりだ。さて、セレナはどうかな? その答えは、会った時に判断しよう。では、また会える日を楽しみにしてるね』


「ぐすっ……わたしのばかぁ……!」


 何が出来損ないで良かったなの!?


 わたしのために、ここまでしてくれてるのに!


 カグラちゃんを裏ましがってる場合なの!?


 カグラちゃんのお家の人にも助けられてるのに!


「だめ……今のわたしじゃ、二人に胸を張って会えない」


 でも、アレス様が励ましてくれた。


 周りの人達も、こんなわたしを助けてくれる。


 なら、わたしにできることは?


 ……もう弱音をはかない、卑屈にならない——強くなる。


 そして、胸を張って——アレス様に……。





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