86話カグラとアスナ

その後、領主の館に帰り、改めて歓迎される。


「アレス様! ようこそいらっしゃいました!」


「我ら一同! この時を首を長くして待っておりましたっ!」


「短い間ですが、ごゆっくりなさってください!」


「カグラお嬢様をよろしくお願い申し上げます!」


「「「「お願いします!!!!」」」」


一同に集まった人たちに、一斉に頭を下げられる。


「も、もう! みんな下がるのだっ! アレス様が困ってるのだっ!」


「いや、俺は困ってないけど?」


「うぅー……アレス様がイジワルするのだ」


「おおっ! お嬢様が!」


「良かった! 本当に良かった!」


「貰い手がいないかと思ったが!」


「カグラお嬢様の可愛さを引き出してくれる方が!」


兵士やメイド達が、抱き合って喜んでいる。

やはり、カグラは愛されているようだな。

無理もないか……侯爵令嬢で、こんなに真っ直ぐで良い子はいないだろうし。


「う、うるさいのだぁぁ——!!」


「ひぃー!?」


「逃げろぉー!」


「ご乱心だぁー!」


剣を振り回して、カグラは兵士たちを追っかけ回している。


「ハハ……あれっていいのか?」


「アレス様、申し訳ありません」


その中から、クロイス殿が歩いてくる。


「クロイス殿……大丈夫ですか?」


その顔には……腫れた後がある。

おそらく、嫁さんによるビンタの跡が。


「え、ええ……アレス様はお気をつけてください。私は妻がか弱いので、これで済んでいますが……アレを見てください」


「待つのだぁぁ——!」


「ぎゃあ——!?」


「うぎゃ——!?」


剣に吹き飛ばされた兵士達が悲鳴を上げている。


「……はい、肝に命じておきます」


浮気なんかするつもりは毛頭ないけど……。


何かあったら、ビンタところではすまないな……。





その後、我に帰ったカグラを連れて、個室に案内される。


「うぅ〜」


「ほら、機嫌なおして。そういうカグラも好きだけど、笑ってるカグラも好きだから」


「アレス様……はいっ!」


そう言って笑顔を見せてくれる。


「ほっ……これで、身の安全は確保した」


「何か言いましたか?」


「いえ、何も」


「変なアレス様……」


「そ、それより、俺はここに寝泊まりすればいいのかな?」


「はい、そのようになってます」


……いや、広すぎなんだけど?

寝るだけなのに、二十畳くらいはあるぞ?


「アレス様、お忘れですか? 貴方は、皇子様なんですよ? そして、拙者……つまり、この家の長女の……お、お、夫となる方なのだっ!」


「いや、わかってるけどね。それと恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに」


「う、嬉しいから言いたいのです!」


「そっか、ありがとね」


「あぅぅ……ア、アレス様が特別扱いを嫌いなのは知ってるのです。でも、これはみんなの気持ちなので受け取って欲しいのだ」


「わかった、俺が悪かったね。じゃあ、ありがとうと伝えておいて」


「はいっ!」


「ただ、過度なお世話はしないようにね……俺は色々とあるし」


「ええ、それは分かっています」


「で、いつまで覗いているんだい?」


「へっ?」


「あれ〜? おかしいですねー、完全に気配は消したのに」


「あんまり感心しないな。婚約者と仲良くしてるところを覗かれるのは」


「すみませんでした。でも、これではっきりしました。アレス様は、隠形おんぎょうに通じているんですね?」


「まあ、これでも暗殺者の類には狙われてきてるからね」


「確かに、そうでしたね。敏感になってるのは当然でしたねー」


「お主、先ほどの言葉を聞いていなかったのか?」


「……いえ、聞いていました」


アスナの顔から汗が流れてる。


「アレス様——消しますか?」


……これは本気の目だ。


「待て、カグラ。この子はこの子で事情がありそうだ。多分、俺のことを試すように言われているはずだ……そうだな?」


「……はい。どのような人物か、どのような性格か、どのような強さかを」


「随分と不遜だな? アレス様は皇子であるのだぞ?」


「わ、わかってます……しかし、我が家とて危ない橋を渡っていますので」


アスナは真剣な表情をしてカグラを見つめ返す。


「なるほど……まあ、それはそうだろうな」


俺につくというのは、博打に近いからな。

おそらくルーン家でも意見が割れたに違いない。

俺という人間を知りたいということは無理もないことだ。

俺も営業先の取引相手のことは、事前に調べたこともあるし。


「し、しかし、敵対するつもりでないことはわかって頂きたい」


アスナの顔から余裕がなくなってくる……カグラの殺気によって。


「アレス様がお優しいから、拙者が代わりに言う。いいか、もう一度だけ言っておく。アレス様の害になるなら——お前を殺す、何処にいてもだ。それが、婚約者である前に一の騎士である拙者の役目だからだ」


「ま、まいりましたね……これは。試合は見ていましたが、ここまでの圧なんて……」


「カグラ」


少し声を強めて言う。


「はっ——す、すみません!」


殺気が霧散して、いつものカグラに戻る。

つまり、おろおろしている。


「いや、君の気持ちはとても嬉しい。ただ、この子は使えると俺は思っている。信頼できるかどうかは、これからお互いに理解しなくてはいけないけどね」


「スン……」


「うつむかないでくれ。俺はあまちゃんらしいから、カグラがいてくれて助かるよ」


そっと頬にキスをする。


「ひゃっ!?」


「わかったかな?」


「ひゃ、ひゃい!」


「そして覚えておいてくれ。君が俺を守りたいように、俺も君を守りたいと思っていると」


「は、はいっ!」


「……あの天才児が心酔しきっているのですか。わかっていたとはいえ、これは修正ですね」


「というわけだ、気をつけてな。別に俺を調べるなどは言わないから」


闇魔法さえ使わなければ、どうってことはない。

仮にバレたとしても、それなりの対処法もある。


「ず、随分と舐められてますねー」


「やりがいがあるだろう?」


「へっ?」


見たことない気の抜けた顔を見せる。


「俺に認められたいんだろ? なら、俺に気づかせない工夫をしたり、色々考えてみるといい」


この子が成長して俺についてくれるなら、これ以上ない力になる。

様々な情報を得ると得ないでは雲泥の差だからだ。


「確かに……楽しいですねー。ふふ、やり甲斐がありそうです」


そう言い、普通の女の子のように微笑んでいる。


「なんだ、そんな顔をもできるのか」


「そ、それでは失礼しますね!」


少し頬を赤くして、去って行った。


「むぅ……」


「ま、待て!」


何か嫌な予感がする!

クロイス殿! 早速やられそうです!


「何も言ってないのだ」


「そ、そうだね」


「別にいいのです……ただ、アレス様の一の騎士は拙者ですからっ!」


「は、はいっ!」


「なら良しとするのだっ!」


ほっ……色々と危ないところだった。





その後、カグラの提案により、模擬戦を行った。


「ま、待て!」


「エイヤァ——!」


大剣が振り下ろされる!


「ク、クソォォ——!!」


それを躱しつつ、訓練所を駆け回る。


「待つのだっ!」


「チッ! やるしかないか!」


大剣を受け流しつつ、的確に剣撃を叩き込むが……。

ここにはリングもルールもない……つまりヤバイです。


「おおっ! お嬢様と互角だ!」


「いや! アレス様は魔法をお使いになるという!」


「それであれか! クロイス様が見込むわけだな!」


周りで見守る兵士たちが何が言っているが……やめてくれ!


「ふふ……そうなのだっ! アレス様は強いのだっ!」


ほら! やる気になっちゃったじゃん!

全然止まることなく、攻撃を繰り返してくる。


「落ち着け!」


俺にできる重い一撃を放つが……。


「隙ありなのだっ!」


なんと片手で剣を止められてしまった。


「しまっ」


そして——剣で薙ぎ払われた。


俺は宙を舞いながら思った。


あれ? 結局ぶっ飛ばされてる?


クロイス殿……血は争えないようですよ。




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