77話卒業

 あれから時間が過ぎ、いよいよ卒業式の日を迎えた。


 といっても、実質的には試験が終わった時点で卒業扱いなので……。


 さらには、大々的に卒業式みたいなものがあるわけではない。


 荷物を取りに行き、つまらない校長の話を聞いてあっさりと終わる。


 そして、最後に教室に集まる。




「皆さん! 卒業おめでとうございます!」


 それぞれが頷く。


「はい! 落ち着いた良い顔です! 貴方達は、これからそれぞれの道に向けて動き出すでしょう! このあいだの試験の時に、先生の言いたいことは言いました! 最後に、この二、三年をかけて皆さんは成人に向けて精進していくでしょう! その際には、また何処かで会えることを楽しみにしています!」


「はいっ!」


 全員が声を上げる。


「では——さようならです!」


先生は振り返らずに、そのまま教室を出て行く。

 おそらく、次の生徒のことを考えているのだろう。

 それが、教師というものだ。



 さて……さっきから目線を感じるな。

 これが最後だし、一応話しかけるとしようか。


「何か用かな?」


「不思議な人………結局掴みきれなかった」


 子爵家出身のアスナがこちらに来る。

 ちなみにザガンとロレンソは、さっさと帰っていった。

 おそらく、もうわかり合う機会はないだろうな。

 完全に敵視されてしまったし……まあ、俺もあのまま変わらないなら付き合うことはない。


「ん? アスナさん、どういう意味かな?」


「アスナと呼んでください、アレス様」


「……どういう風の吹きまわしかな?」


「今までの御無礼、平にご容赦くださいませ。私は、元々敵対するつもりはなかった」


 ……まあ、確かに。

 直接何かされたこともないし、平民を虐めたりはしてなかった。

 ただロレンソとザガンと一緒にいただけで、敵対行動をされたことはない。


「なるほど、卒業したから関係なくなったと?」


「うん、そんな感じ」


 無気力というか、覇気がないというか……こっちが本来の姿か。

 諜報担当の家としては、当然といえば当然のことか。

 地味だけど割と整った容姿をしているが、あまり印象に残らない子だった。

 それも含めて偽装していたということか。


「で……それだけかな?」


「ううん、少し気になったから……違う、ずっと気になってたから」


「ふえっ!?」


「な、なに!?」


 後ろで見守っていたカグラとセレナが声を上げる。


「か、カグラちゃん! どうしよう!? 婚約したのに、早速アレス様がモテてるよ!?」


「お、落ち着くのだっ! アレス様はおモテになるのは致し方ないこと! ここは婚約者として、堂々としていなくてはいけないのだっ! 拙者達で、審査をするのだっ!」


「……うんっ! わたしも頑張るっ!」


「アレス様と話すには、婚約者の許可がいる?」


「いや、そんなことはない。二人共、落ち着いてくれ。この子の言ってる意味は違うと思うし……だよね?」


 視線からいって、そういう熱を感じないし。

 どうも、純粋に興味があるって感じだ……それも偽装かもしれないが。


「ん? ……言ってる意味がよくわからない」


「男女のしての興味ではないってことだ」


「ああ、そういうことですか。ええ、そうです……たまに貴方の気配を感じない時があるから。消えたような……もしや、私と似たような鍛錬を?」


 ……これは、まずい。

 おそらく、俺の闇魔法のことを言っている。

 目の前で使ったことはないが、何処かで感じていたか?

 ……隠すことに細心の注意を払っておいて正解だったな。


「まあ、そんなところさ。なにせ、割と狙われてるからね」


「それは知ってる……貴方の生まれでは仕方のないこと。でも、それを跳ね除けようとしてる?」


「どうだろう? 俺はこれからも静観するつもりだよ」


「そう……ありがとうございました。では、また何処かで」


 そう言い、あっさりと去っていった。

 今まで隠していたのも含めて……油断ならない相手だったな。

 しかし……Sクラスなのだから、当然といえば当然の事か。


「ほっ……ライバルじゃなかった」


「セレナ、油断はできないのだっ! ステキな殿方というのはモテるのだっ! これからもどんどん出てくるから負けられないのだっ!」


「そ、そうなんだ……よ、よーし! カグラちゃん、頑張ろう!」


「あのね? 二人共……そういう会話は俺のいないとこで話すものじゃないのかな?」


「はっ!?」


「はわっ!?」


 二人はアワアワしてて可愛らしいと思う。

 微笑ましいとも思うし、癒されもする。

 婚約をしてから、ここ数週間でさらに二人の仲は良くなったようだ。

 もちろん、俺としては嬉しいことだ……皇妃たちを見てきたからな。


「あ、あの……」


「今度はエルバか、どうかしたかな?」


 ずっと端の方でオロエロしていたからなんだと思っていたが……。


「い、今まで無礼な態度を取り申し訳ありませんでしたっ!」


「いや、気にしなくて良いよ。君の家の事を考えれば無理もない事だ」


 親の意向には逆らえないし、侯爵家にも逆らえないだろうし。

 俺自身が、本人から何かされたわけでもないし。


「アレス様……ありがとうございます! それでは失礼します!」


 エルバは、しきりに頭をぺこぺこして去っていった。




「アレス様、色々大変でしたね」


 それまでアスナやエルバを警戒して、後ろで見守っていたオルガがようやく声を出す。

 どうやら、ここ最近はそれを含めてカイゼルから教えを受けているようだ。

 俺としては嬉しくもあり、少し複雑でもある。

 オルガの道を、俺が縛ってしまわないかを……。


「オルガ、君は……」


「アレス様、僕は僕の好きなようにいたします。いくら貴方といえど、それを止めることは許しません」


「そっかぁ……わかった、なにも言わない。君の好きにすると良い」


 領主を継ぐのか、このまま俺の家族として生きるのか……。


 それは、これからの時間でオルガが決めることだ。


 俺は、それを受け止める覚悟さえしておけば良い。

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