76話ひとときの安らぎ……そして。

 無事に婚約をした俺は、自分の家へと帰宅する。


「ただいま」


「おにぃちゃん!」


「おお、エリカ! 待ってたのか?」


「うんっ!」


「そうかー、偉いなー、嬉しいぞ」


 エリカを抱き上げて、頭を優しく撫でる。


「きゃはー」


「少し会わない間に大きくなったんじゃないか?」


 小さい子供だから一週間も経てば成長するかも?

 ……半年も他国に行ったら、大きくなっちゃうんだろうなぁ。


「アレス様、お帰りなさい」


「アレス、お帰り。無事で何よりよ」


 エリカごと、母上に抱きしめられる。


「ちょっ!?」


「ふふ、大きくなって。もうすっかり頼れるお兄ちゃんね?」


「あいっ!」


「そうなれてると良いですけど……」


 今度こそ、兄としてこの子を悲しませたりしない。

 理不尽が襲うなら、その全てを粉砕してやる。


「アレス様、どうやらまた強くなられましたな」


 玄関の後ろから、カイゼルが現れる。


「カイゼル、ただいま」


「父もいるぞ」


「父上!?」


 普段着の格好で父上が、カイゼルの後ろから現れる。


「私もいますよ」


「ゼトさんまで!?」


 近衛騎士団長のゼトさんもいる。

 まあ、皇帝陛下がいるから変じゃないんだけど。


「あらあら、たくさんいるわね。さあ、まずは上がってちょうだい」


「エリナ様、私は結構ですから。今日は陛下の護衛と……師匠を家に上げるために来ました」


「ゼト」


 カイゼルがゼトさんに厳しい目を向ける。


「もういいじゃないですか、師匠。貴方の不貞など、一部の馬鹿を除いて疑いなどしませんよ。それに皇帝陛下と一緒なら、疑うもなにもないでしょう」


「しかし、護衛が……そういうことか」


「ええ、そのために私が来ました。陛下及び、その家族を護衛しに。それとも、私では不足ですか?」


「いや……お前の実力は、すでに俺を超えている。まだ俺の全盛期には至ってないが」


「それはご容赦ください。ですが——いずれ抜かせて頂きます」


「ククク……そうだな、お前なら可能かもしれない。しかし、俺は……」


「カイゼル、上がってください。息子のお祝いに、貴方も参加してほしいのですよ」


「そうですよっ! もうこんな機会ないですから!」


「エリナ様、カエラ嬢……」


「ほら、上がってくれ。俺達が揃うなんて滅多にないことだ。ましてやゼトまでもいる。なんなら、皇帝命令出すぞ?」


「いや、俺はもうラグナの臣下では……」


「じゃあ、俺からだね。カイゼル、お前には家の中の警備を命ずる」


「アレス様まで……」


 むむ、この頑固者を崩すのは容易ではない。

 ……こうなったら最終兵器投入だっ!


「じいたんも一緒!」


「え、エリカ様……」


 ふふふ、これにて終了だ。

 エリカの可愛さには勝てまい。


「俺の勝ちだね、カイゼル」


「……ええ、参りました」


 こうして、俺が生まれてから初めて……カイゼルが家に上がる。




「おい、落ち着けよ」


「しかし、ラグナよ……」


「わぁーい!」


「あらあら、嬉しいのね」


「ふふ、お相手してくださいね?」


 ソファーでは父上と俺が並んで座っている。

 キッチンでは母上とカエラがいる。

 カイゼルはどうしていいのか分からず立ち尽くしている。

 エリカは嬉しいのか、カイゼルの周りを走り回っている。


「……嬉しいな」


 ……俺が長年望んでいた光景の一つだ。

 俺たちは普通の家族ではない。

 当たり前だが父上は皇帝陛下だし、俺と母上も少々特殊だ。

 カエラとは血が繋がってないし、カイゼルとも繋がっていない。

 それぞれに立場があり、中々一堂に会することもできない。


「わかるぞ、アレス。俺もこんなに心が休まるのは久々だ。可愛い息子と可愛い娘、愛する妻に可愛い妹分、信頼する兄貴分、信頼できる友……良いものだな」


「父上……はい、そうですね」


 普通の家族ではない俺たちが、こうして普通の家族のようにいられることの幸せ……。


 俺は今、それを噛み締める。


 きっと、これから先に起こる出来事の力の源になるだろうと信じて……。




 ◇◇◇◇



 ~ターレス視点~


 さて、そろそろ本格的に動くとしようか。


 敬虔けいけんなる使徒である私に、あの方から連絡があったからな。


 どうやら、結界の揺らぎも頻度が増えているようだ。


 ますます教会への信者が増えていくことだろう。


 貴族は腐敗し、民は頼る物を失くす……そして、女神に祈るだろう。


 それが女神の力に、そして教会の力となる。


「ターレス様」


「むっ? どうした?」


「いえ、そろそろお呼びかと思いまして」


「クク、出来た奴よ。では、少し話し相手になってもらうとしよう。私にも整理が必要だ」


「では、まずは第二皇子についてはどうですか?」


「うむ、狙い通りに奴を駄目に出来たな。あのまま育っていたら、賢しい厄介な者に成長していたやもしれん。思春期を利用し、上手く歪ませることができたな」


「ええ、ですが……それも元々、第一皇子に対して思うことがあったからでしょう」


「あやつか……どうやら、私に逆らうつもりらしいが」


「如何しますか?」


「今はまだ良い。むしろ、そのくらいの気概がある方が良いこともある。国のバランスを崩しすぎるわけにはいかないからな」


「そうですね、言いなり人形では使い道も限られますし」


「そういうことだ。もしやり過ぎるようなら——すげ替えるだけのこと」


「まあ、そういうことですね。あとは、皇帝陛下の周りですか?」


「どうやら、この二年ほどで地盤を固めてきたようだな。直情的で扱いやすいと思ったが……そう上手くもいかないか」


「ええ、よほど妻を愛しているのでしょうね。上手く楔となり、抑え込んでいます」


 ラグナは本来は手のつけられない気性の荒い男だった。

 槍を片手に戦場を駆けるような奴だった。

 貴族らしからぬ奴で、貴族としての地盤もなかった。

 だからというのに。

 そうすれば貴族共を操ることなど容易なこと。


「どうやら周りに恵まれたようだな」


 前に私に詰め寄った時、あれがあやつの本来の姿だ。

 しかし愛する妻、信頼できる友や師……何より。


「ええ、特に息子ですかね」


「ああ、アレスか。あの時も奴がいなければ、ラグナは暴走していたかもしれんな」


「さらには、大会で優勝まで……良いのですか?」


 確かに奴の人気は高まっている。

 元々貴族に嫌われ、民には知られていなかったが……。

 本人の活動により、徐々に知れ渡るようになっていた。

 そして、きわめつけは……。


「うむ……侯爵令嬢と婚約することで、一部の貴族の支持を。平民と婚約することで、民の支持を得るだろう。奴にその狙いがなかろうと」


「早めに摘むべきでは?」


「しかし、利用価値も高い。何より、己を弁えておる」


「それは……一理ありますね。今回の留学も、自ら望んだことだと」


「そうだ、己の影響力と立場をわかっている証拠だ……しかし、何もしないのも考えものか」


「他国に行くということですから……干渉しますか?」


「そうだな……幸いまだ時間はある。少々考えてみるとしよう」


 さて……少し楽しみにしている自分がいる。


 あの小僧がどんな手を使って切り抜けるのかを……。


相手のいない戦いほどつまらないものはないからな。

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