75話もう一つの挨拶

 疲れを癒した翌日の朝、俺たちは皇都へ向けて帰還する。


「クロイス殿、クレハさん、お世話になりました」


「いえ、こちらこそ。これからお世話になります」


 お兄さんのことか……まあ、今考えても仕方ないな。


「あら、アレス様。義母上って読んでも良いのですよ?」


 カグラと同じ紅髪の色と、よく似た顔で妖艶な笑みを浮かべている。

 やはり顔は似てても、性格や雰囲気で人って変わるんだよな。

 カグラがこうなるとは思えないし……ならないよね?


「い、いえ、まだ婚約者なので。正式に入籍の際には、そう呼ばせて頂きます」


「ふふ、楽しみにしていますね」


「あぅぅ……は、母上!」


 カグラは顔を真っ赤にしている。

 うん、普通に可愛いと思う自分がいるな。

 俺の意識が変わったということかもしれない。




 再び騎士達に守られて、街道を進んでいく。


 そして日が暮れてきたので、野営となる。


「終わったね」


「終わったのだっ!」


「終わりましたね」


「おいおい、帰るまでが試験だぞ? まだ魔物は出るかもしれないし、騎士達だって万能ではない」


「そ、そうでした」


「あ、危ないところだったのだ」


「気を抜きそうになってしまいましたね」


「まあ、言っておいてなんだけど、平気だとは思うけどね。頭の片隅に置いておくくらいで」


「そうですね……帰ったら、もうすぐ卒業ですね」


「そうなのだ……」


「寂しいですね……」


「おいおい、この間も言ったろ。また、すぐに会えるさ。まあ、気持ちはわかるけど……そうだ、今までの思い出話でもしようか?」


「「「賛成です!!!」」」


「クク……ぴったり揃ったな」


 焚き火を囲んで、それぞれの思い出話に花を咲かせる。

 出会った頃から始まり、オルガの故郷、カグラの領地、学校での日々……。

 どれもこれも、楽しくも厳しい思い出ばかりだ。

 結局、先生に怒られるまで話は尽きることはなかった……。




 夜が明けて、再び行軍を開始し……。


 日が暮れる頃に、皇都へ到着する。


「はいっ! 皆さん! お疲れ様でしたっ!」


 俺たち八人は黙って、それぞれ先生の話に耳を傾ける。

 あの四人とは仲良くはなっていないが……。

 行軍を共にしたことで少しはマシになったかもしれない。


「良い顔です! 実戦を経験し、兵士と共に行軍し、女神の結界を見ましたね! ここまで一人も欠けることなく来れたこと、担任の先生として嬉しく思います! まだ卒業まで少々時間はありますが、もはや授業で先生が教えることはないです! これからは、それぞれが自分の道を切り開いてください! 以上です——解散!」


「「「「「「「「ありがとうございましたっ!!!!!!!!」」」」」」」」


 珍しく全員の声が重なる。

 もしかしたら、気持ちも同じかもしれない。

 感謝の意と、少しの寂しさを感じて……。




 流石に疲れていたが……俺だけは、このままセレナの家に向かうことにする。


「良いんですか? 後日でも……」


「良いんだ、俺が早く挨拶したいから。どうしてもカグラを先にしなくてはならなかったから。ごめんね、セレナ」


 流石に侯爵令嬢を差し置いて、平民のセレナと婚約するわけにはいかない。

 俺たちは気にしないが、大人たちはそうはいかない。


「い、いえ! ……嬉しいです、わたし。夢みたいです……」


 そう言って微笑むセレナは、いつもより大人びて見える。

 不覚にも、ドキッとしてしまった。

 全く……俺の精神年齢も下がってるんだろうな。



 そして、家に到着すると……。


「「セレナ!」」


「わわっ!? お父さん!? お母さん!?」


 勢いよく抱きしめられている。


「よかったっ! 無事で!」


「アレス様! ありがとうございます!」


「いえ、俺は何も。セレナは強い子です。むしろ、俺が助けられていますよ」


「えへへ……嬉しいな」


「そうですか……私達から見たら、ずっと子供なのですが……」


「あなた……私たちの方が子供離れをしなくてはいけないようですね」


「……そうだな、お前の言う通りだ。アレス様、貴方がいるということは……」


「ええ——ネルソン殿、ライラさん、今日はご挨拶に参りました」


「そうですか、その日が……」


「アレス様、狭いところですが、上がってくださいますか?」


「ええ、もちろんです。お邪魔いたします」




 セレナと共に、お宅の中に入る。

 そして、テーブルの席に着く、


「…………」


「…………」


 二人はセレナと俺を見つめて黙っている。

 平民の子の婚約としては、ものすごい早い部類だからな。

 俺はその覚悟が決まるまで、大人しく待つことにする。




 五分ほど経っただろうか……。


「アレス様……どうぞ」


「ネルソン殿、ライラさん——セレナと婚約をすることをお許し頂けますか?」


「っ——! ……はい、よろしくお願い申し上げます……!」


「はい、よろしくお願い申し上げます。セレナ、良かったわね?」


「うんっ! お母さん、お父さん、ありがとう!」


「うぅ……まだまだ子供だと思っていたのに」


「あなた、泣かないで喜びましょう。娘が愛する人に出会えたこと、そしてその人と共に生きれることを。私たちのようにね」


「ライラ……ああ、そうだな。それがこんなに良い男なら言うことはないな」


 こんなに愛されている子をもらうんだ。

 俺も同じように大事にしなくてな。


「セレナ、これからもよろしくね。俺は欲張りな男で、ろくでなしだったらしい。君にも側にいてほしいと願っている……いいかな?」


「アレス様……はいっ! わたしもアレス様の側にいたいですっ!」


 そう言って、花が咲いたように笑った。


 俺は彼女の何処に惹かれたんだろう?


 その笑顔に癒されるから?


 意外と強かというか、ギャップのあるところ?


 でも一番は……側にいると心が安らげることかな。


 それって、とても大事なことだと思うんだ。






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