74話クロイス家の事情

 ひとまず挨拶を終えたのだが……。


 はて? これはどういう状態だろう?


「良い湯ですな」


「え、ええ、そうですね」


 何故か、二人きりでお風呂に入ってます。

 終わるなり、クロイス殿に引っ張られて……ここに到着した。


「すみませんな、急に。ですが、皆がいる前や、正装で会うと、どうしても皇族の方と意識してしまいますから」


「あっ、なるほど」


 裸の付き合いというやつか。


「ええ、まずは改めてカグラをよろしくお願いします」


「いえ、こちらこそ。カグラには色々と助けられていますから」


「だと良いのですが……少々危なっかしい娘なので」


「……戦闘面での話ですね? 戦いに酔うというか、戦闘狂というか」


 戦うことを楽しんでいる節がある。

 本人の意思とは別のところで……。


「ええ、幼き頃からその片鱗はありました。故に、侯爵令嬢にもかかわらず。私は娘が稽古することを許可しました。内に秘めた獣をコントロールできるように」


「なるほど、そういった理由で」


 おかしいとは思ってた。

 いくらこういう世界だからって、女の子が前線に出る戦い方をしていたから。

 大体後方支援の弓か、魔法使いばかりだし、もしくは斥候とか。


「もしくはここを出て、しかるべき方にお会いできる日を待っておりました。幸い、娘に絵本を見せたところ興味深々でしたので」


 確か、主君と第一の騎士の話だっけ……。


「それが俺だと?」


「ええ、貴方に会い娘は変わりました。それまで荒れ狂っていたのが嘘のように。手紙にも、アレス様がああだ、アレス様とどうだ、 アレス様にあれこれと。こちらに帰ってきても、その話ばかりでしたよ」


 クロイス殿は、少し機嫌が悪そうに言う。

 無理もない……もしも結衣が同じことを言ったら、俺は同じ顔をするだろうと思う。

 そして相手の男に殺意を覚えるだろう……そんな資格はないことを棚に上げて。


「も、申し訳ない」


「いえ、男親として少々複雑ではありますが……貴方で良かったと思っております」


「クロイス殿……そう言って頂けると嬉しいです」


「はっきり申すと……魔力強化、剣の才能、何より戦いの資質。これらは歴代最高といっても過言ではないでしょう。男に生まれればと思った日々もございました。そして、長男を支えてくれれば良いと」


「ええ、彼女の才能には驚かされます。そういえば御長男にお会いしたことないですね?」


 何回か来てるけど、あまり話題に出ることもないし。


「ええ、そのお話もございます。後継であるローランは……その、お恥ずかしい話なのですが……武者修行の旅に出ております」


「……へっ? 侯爵家令息で後継の人がですか?」


「無責任だとお叱りになるのも無理はございません。実際、皇帝陛下や家臣達にも色々言われましたから」


「まあ、ここの重要性は高いですからね」


 女神の結界からこぼれる魔物達を倒すという重要な役目がある。

 さらには結界の様子、陸続きになっている隣国との調整など。

 本国との掛け合いや、パワーバランスなども考えなくてはいけない。


「ええ、それはあやつも理解しておりました。しかし、そうするに足る理由もありました……カグラなのです」


「なるほど……少し見えてきましたね。カグラのが才能があったのですね?」


「ええ、その通りです。幸いにして、カグラは兄を純粋に慕い、兄もまたそれは別として受け入れていました。しかし、ずっと引っかかっていたのでしょう。家臣達にも悪気はないのですが、カグラが男だったらと言ってることも知ってましたし」


「それは……辛いですね」


 なまじカグラが良い子だから憎めもしないし。

 気持ちをどこに持って行っていいのか、わからないに違いない。


「ええ………男として、後継として、兄として、思うことはありましたでしょう。だからといって、許されることではありませんが」


「いつ頃からいないのですか? あと、失礼ですが……生きているのですか?」


「あいつが十五歳だったから、四年ほど前になりますね。カグラが八歳にして、その力の片鱗を見せていましたから。大人の騎士に勝ったりもしてましたし。会ってはいませんが生きていると思います。手紙がたまに送られてくるので……」


 俺達が出会った頃か……確かに、既に力だけでいえば大人並みにあったな。

 今も力に振り回されているが……完成したら、このままの俺では勝てない気がする。


「まあ、想像はつきます。して、その内容は聞かせて頂いても?」


「ええ、もちろんです。自分が納得行くまでは帰らないと。見聞を広げ、様々なものを取り入れてくると。最悪の場合は、カグラが婿を取ればいいとか言ってましたな」


「言い方は悪いですが……少し逃げのような気もします」


「仰る通りかと。もちろん見聞を広げるのも大事なことですが、この地でもまだまだ学ぶべきことは沢山ございます。それこそ腕を磨くなら、女神の結界の最前線に行けば良いのですから」


「でも……その人になってみないとわからないこともありますよね」


「ええ、そこが難しいところです。して、本題なのですが……婿というわけにはいかなくなりました」


「まあ、自分で言うのもなんですが……色々と特殊ですからね」


「それもありますが……何より、大臣達が許さないでしょう。ただでさえ、あまり良く思われていないのに」


「俺が婿になることで、一大勢力ができることを懸念するでしょうね。そしてクロイス家の発言権が増すことを恐れていると」


「ええ、今は国内で争っている場合ではないというのに。しかし、我々が押し通せば軋轢が生じるでしょう」


 奴らは問題が差し迫らないとわからないらしい。

 現実が見えてなく、いざとなった時に慌てるに違いない。

 前の世界でもそうだった……年寄りが国を動かすもんじゃないな。


「そうですね、結界の揺らぎや邪神のこともありますし」


「ええ、仰る通りです。話を戻しますと……アレス様は、グロリア王国に留学するとか」


「ええ、そうですね」


「良きことです。ガス抜きにもなりますし、半年と期間を設けているのも良い。ダラダラせずに、やることを決められますからな」


「その前には、こちらにも立ち寄らせて頂きます」


「ええ、楽しみにしております。そして、お願いがあるのですが……出来ればでよいので、ローランを探して欲しいのです」


「ああ、そういうことですか。ええ、構いませんよ。いずれ義兄上になる方ですし」


「ありがとうございます! 叱りつけて良いので! 国内には目撃情報がなく、ノスタルジアにもないとゴーゲン殿から言われました」


「残るは教会とグロリア王国ですね」


「はぁ……バカ息子とはいえ、教会には行っていないと良いのですが」


 その後、ローラン殿の特徴を聞き、風呂から出る。


 ……やれやれ、仕事が増えた。


 だが、義理の父の頼みであり、義理の兄となる人のことだ。


 留学の際には、頭の片隅に置いておかなくはな。

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