73話挨拶をする

 ……終わったか。


 ひさびさに結衣を見たな……。


 下世話な話だが、すっかり女性らしくなっていた。


 当たり前の話か……一年が過ぎたと言っていた。


 あちらでは俺が死んでから一年、こっちの俺は十二年。


 この時間の流れはなんだ? 何か意味があるのか?


 ただ、一つだけわかったことがある。


 クロスだ……クロスと出会ってから夢を見るようになった。


 そして、クロスが寝ている間は見ることがなかった。


 今回、一瞬だけクロスの声が聞こえた。


 そして数年ぶりに夢を見た……つまり、そういうことなのか?


 あの夢は、クロスが見せているということなのか?


 だとしたら、その意味はなんだ? 目的があるのか?


 そもそも、どうして見ることが出来る?


 ……答えはわからない。


 クロスは目覚めていないし、よくわかってないようだし。


 ……おっと、みんなの声が聞こえる。


 心配かけちゃったな……起きないと。





「アレス様! 良かったぁ〜!」


「やあ、みんな。おはよう」


「心配したのだっ!」


「心配かけないでくださいよ」


「すまないね、みんな。少し疲れが出たんだと思う……ところで、ここはどこかな?」


 俺は広い部屋のベッドで寝ていたようだ。


「私の館ですよ、アレス様」


 声のする方を見ると……。


「これはクロイス殿! 申し訳ない!」


「いえ、お気になさらないでください。非常事態でしたから。もちろん想定はしていたので問題はありませんが」


「あの後、どうなったのですか? そして、邪神の咆哮とは?」


「うむ、皆もこちらへ。アレス様が目覚めてから、纏めて説明することになっていましたので」



 ベットから起き上がり、皆と一緒にテーブルにつく。

 それぞれ飲み物を頂き、一息ついてからクロイス殿が話し始める。


「あの後のことですが、無事に試験は終了いたしました。戦死者もいなく、全員無事に帰ることが出来ました。そして疲れを癒すため、予定通りに我が領内にて生徒達を受け入れております」


 そうだった、試験が終わったらクロイス侯爵領で1日泊まるんだった。

 そして、俺は婚約の挨拶をしようと思っていた。

 しかし、今はこっちが先決だろう。


「そうですか……俺はどのくらい気を失っていましたか?」


「四時間ほどです。そして、こちらについたの一時間前くらいです」


「私たちも、さっきお風呂に入って来たんですよー」


「まずは汚れを落とさなくてはならないですからね」


「拙者はアレス様のそばに居たかったのに、無理矢理入れられたのだっ!」


「なるほど……あっ——クロイス殿、お手数をかけて申し訳ない」


 よく見たら俺の身体は汚れていない。

 きっと使用人さんが拭いてくれたのだろう。


「いえ、お気になさらずに。ちなみに他の生徒達も、それぞれ部屋を与えて休息しております」


「なるほど」


「さて、邪神の咆哮についてですが……ここ最近発生する現象です。一度瘴気を消したら、しばらくは現れないのですが、アレが起きると瘴気が溢れてくるのです」


「それは……?」


「文献によりますと——復活の時が近いとのこと」


「邪神復活ですか……」


「むぅ……拙者達では、まだまだ力になれないのだ」


「あと、もう少しあれば良いのに……」


「あと、二、三年あれば……」


「俺達が大人になるまで保ちそうにないですか?」


「生きている人間が封印が解けたところを見たことがないので、なんとも言えないといったところです」


「そうですか……」


 邪神ねぇ……女神もそうだけど、謎が多いよな。

 あと気になることがある……

 先生は言っていた……女神の結界は人族を癒して、魔族のみに害をなすと。

 あの時の俺は明らかに気分が悪くなった……そして、闇魔法とドラゴン。

 俺は魔族なのか? ……いや、両親は人族だし、見た目も人族なはず。


「アレス様!」


「ん? どうした?」


「まだ具合が悪いですか……? 眉間にシワがよってますよ?」


「ああ、ごめん。少し考えことをね」


 他国に行けば、少しは違う情報が得られるだろうか?

 一応、それも含めて留学を希望したのだが。


「ゴホン! ひとまずは、こんなところかと……して、何か大事な話があるのではありませんか?」


 すると……カグラのお母さんが部屋に入ってくる。

 そして、何も言わずに席に着く。


「では、僕は表に出てますね」


「私も出ますねっ!」


 オルガ達は、素早く部屋を出て行く。

 つまりは、そういうことだろう。


「クロイス殿、クレハさん」


「はぅぅ……ドキドキするのだ……」


「はい、何でしょうか?」「うむ、如何した?」


「娘さんを私にください! 必ず幸せに……一緒に幸せになりますから!」


 もう大事な人を悲しませるのも、大事な人を失って悲しむのも嫌なんだ!


「あぅぅ……お、お願いします! アレス様の側にいたいのですっ!」


「いい言葉ですね、アレス様。そうです、片方が幸せにするなどとは傲慢ですから。女だって、殿方を幸せにしたいのですから」


「クレハの言う通りですな。アレス様、じゃじゃ馬娘ですが……あ、愛する娘をよろしくお願いします……!」


「はい、二人のお言葉、しかと受け止めます」


「父上……母上……」


「カグラ、しっかりするのよ? 貴女は皇族の方に嫁ぐのだから。これから、ビシバシと花嫁修行をしますからね?」


「は、はぃ……うぅー怖いのだ」


 こうして、ようやく挨拶することが出来た。


 思えば、最初は変わった子だなぁくらいにしか思ってなかったけど……。


 いつからだろう? その前向きな姿勢に、励まされるようになったのは……。


 いつからだろう? その笑顔を見ると、こっちが嬉しくなったのは……。


 ……ひとつだけ確かなのは。


 俺はこれからも、カグラにそばにいて欲しいということだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る